2016年12月27日火曜日

和田忠彦 『タブッキをめぐる九つの断章』

いまが偶々その季節だからでしょうか、冬の朝の、どこまでも澄んでいく冷気が緩まぬうちに、対話の深みへとひっそり辷りこんでいくにふさわしい一書かもしれません。

和田忠彦 『タブッキをめぐる九つの断章』
                共和国、2016年12月30日発行。

 『インド夜想曲』『レクイエム』などで現代イタリア文学に圧倒的な足跡を刻んだアントニオ・タブッキ。
 かれの最良の理解者のひとりにして友、そして翻訳者でもある著者が描き出す、タブッキに寄り添って歩んだ《旅》のメモランダム。
 この現実を浸食する夢や虚構、そしてその風景と記憶が、かずかずの断片のなかに浮かびあがる。
 タブッキの短篇「元気で」、そして1997年に収録されたふたりの対談を付す。             (本書帯より)

生と死の、出遭うことと別れることとのあわい、それはテクストそのものにかぎらず、手紙、写真、列車…、さまざまな霊媒を介した、夢路としての交通、あるいは語り手という名の旅人と〈自分〉との行き来を可能にする、長い歳月をかけた旅、「切ない」とのみ形容するにはあまりに奥行を展げていく謎めいた運動の謂であることを、わたしはこの書の行文をつうじあらた
                               めて確認できたように感じています。

「[…]  断片の集積から読者が読み取る のは語られた物語ではなく、作者が語り手についに語らせようとはしなかった何かなのだ […]」   (本書「三、ペソアからの航海」より)

「[…] 「ひとはある言語で忘れ、ほかの言語で思い出すことができる」 […]」   (本書「追憶の軌跡」より)

インタヴュー「物語の水平線」の冒頭で、和田氏はこうも記します。
「はじめて『インド夜想曲』を読んで、その夢うつつの世界に魅せられてから、十三、四年が経つ。その間、幾度となく作者アントニオ・タブッキ本人に会ってみたらと勧められたけれど、いつも気乗りがしなかった。たんなる一読者として、のちに訳者として、タブッキの紡ぎだす物語に寄り添っているうちに、この人には会わないほうがよいと思うようになっていた[…]」

ある個体がうみだす作品世界に魅せられるほど、作品の起源に佇んでいる筈の本人には会えなくなっていくという感覚を、かつてわたしは、アマドゥ・クルマについては局所的に、ブリュリィ・ブアブレに到っては全面的にいだき、且つその感覚の虜となっていました。「現地調査」を旨とする人類学徒として、自分はやはり病んでいるのではないかと、ひそかに悩んでいたほどです。アビジャン市内で本人と会い対話をはじめる機会をわざと何度も逃しているうちに、ブアブレはとうとう幽明界を異にしてしまいました。「ひとりの作家と過ごした時間が、時を経るごとに濃密に感じられるようになるのはなぜなのだろう」という本書冒頭の問いかけを、しかしわたしは今なお同じ問いのまま、この断章群の語り手と幾分なりとも分有していると信じます。

2016年12月15日木曜日

関根康正 他 『社会苦に挑む南アジアの仏教』

B.R. アンベードカル及びエンゲイジド・ブッディズム研究会の研究成果が出版されています。

関根康正・根本達・志賀浄邦・鈴木晋介
 『社会苦に挑む南アジアの仏教-B.R.アンベードカル
          と佐々井秀嶺による不可触民解放闘争』
      関西学院大学出版会、2016年8月10日発行。


佐々井秀嶺師が昨年来日された折に、高野山大学では師を囲むシンポジウムが開催されました。そのシンポジウムで関根康正さんが読まれた講演原稿にかねてふれていたこと、また、今年に入ってからも『文化人類学』81巻2号で根本達さんが「ポスト・アンベードカルの時代における自己尊厳の獲得と他者の声」と題するすぐれた論考を発表されたこともあり、わたしにとってはたいへんタイムリーな一書となりました。

エンゲイジド・ブッディズムの社会闘争、とりわけ不可触民解放運動をつうじた、「仏教学と人類学の出会いと協働」(同書中の志賀浄邦さんの表現)について、正確な概要を知りたい方にはおすすめのブックレットです。

2016年12月12日月曜日

研究集会 「オイコノミアと「人類」学の思想」

au Brésil, août 2012 ( I. Majima)
研究分担者として参画している科研の枠組で、
おととい研究集会が開かれました。

「オイコノミアと「人類」学の思想」
(統治思想としてのオイコノミア・2016年度研究集会)

2016年12月10日(土) 11:00~17:00
立教大学6号館6303室

「研究集会」とはいえ、今回のつどいは完全なクローズドの形式で開かれ、ランチタイムをのぞく全5時間にわたり、参加者全7名が徹底的に議論を交わしました。

本科研の研究分担者ではないゲストとして、今回出席をお願いしたのは、中野佳裕さん(社会政治哲学)、松村圭一郎さん(人類学)、森元庸介さん(思想史)のお三方です。

全7名のうち5名が、質疑応答もふくめそれぞれ1時間の枠をあたえられて発言をしました。わたしは、以下のタイトルで話をしました。

真島一郎  「所有・負債・コンヴィヴィアリティ」

2016年12月2日金曜日

東京外国語大学 『アレクシエーヴィチ氏を迎えて』

先月末の28日、アレクシエーヴィチ氏への名誉博士号授与をかねて、本学で以下の催しが開催されました。

『アレクシエーヴィチ氏を迎えて』
2016年11月28日(月) 14:00-16:00
於 東京外国語大学アゴラグローバル プロメテウスホール

・名誉博士号授与式
・記念スピーチ 「とあるユートピアの物語」
・学生との対話 (司会: 沼野恭子)

アレクシエーヴィチによるこの日の記念スピーチ(というより、格調高い30分におよぶ講演) と、それにつづく学生との質疑応答には、聴衆のひとりとして奇蹟にちかいような感銘をうけました。講演内容もすばらしければ、学生の方々の質問も、すぐさまそれに応ずるアレクシエーヴィチの言葉も見事なものでした。

当日の会場で配付された資料には、
「とあるユートピアの物語」のロシア語と日本語訳が、
全文掲載されています。人間という存在自体に関わる省察を聴き手にうながさずにはいない挿話や思考が随所にちりばめられた作家の言葉に、同時通訳のイヤホンをたよりとしながら耳を傾けていて、つぎの一節にひときわ強い印象をもちました。

[…] 残酷ですが、 人間の苦しみにまさる芸術はありません。ここに芸術の闇があります。私は常に、越えてはいけない一線に近づくような資料(註: 同時通訳者の訳。配付資料の訳文では「限界点の資料」)に取り組んでいます。一対一で現実に挑むのです […]

この講演と「学生との対話」の全容が、国内のいずれかの版元から公刊されることを願うばかりです。

2016年11月30日水曜日

『ニーゼと光のアトリエ』 試写会






































学生限定試写会:ホベルト・ベリネール監督『ニーゼと光のアトリエ』
[日程] 2016年12月13日(火)18:00~
[場所] 東京外国語大学プロメテウス・ホール
[概要] ショック療法が当たり前とされ、精神病院が患者を人間扱いしていなかった時代を背景に、
画期的な改革に挑んだ女性精神科医ニーゼの苦闘を描いたブラジル映画。1940年代のブラジル。
精神病院で働くことになった医師のニーゼは、患者に対するショック療法など、暴力的な治療が
日常茶飯事になっている現実を目の当たりにし、衝撃を受ける。男性医師ばかりの病院で身の
置き場も少ないニーゼだったが、患者を病院の支配から解放するため、患者たちに絵の具と筆を
与え、心を自由に表現する場を与えようと試みる。主人公ニーゼ役は、ブラジルの名女優
グロリア・ピレス。監督はドキュメンタリー出身のホベルト・ベリネール。2015年東京国際映画祭
グランプリ・最優秀女優賞。リオデジャネイロ国際映画祭2015観客賞受賞。
http://maru-movie.com/nise.html

火曜3限「グローバル・スタディーズ」を以前受講していて、ちょうどいま卒論(ベンガル分割反対運動にかんする
タゴールの詩作をテーマとする論考)を執筆しながら、この試写会の実現にむけて努力しているヒンディー語科4年生の方から、上のお知らせを受けました。当日は喜びをもって、鑑賞に出向こうと思っています。作品のトレーラーと、関連記事も、ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=RlUH_BU3M3U
http://news.infoseek.co.jp/worldcup/article/eigacom_20161009002

2016年11月23日水曜日

Denis Mukwege ヒポクラテスの怒り


 

 紛争下そしてグローバル経済下の、組織的性暴力の実態。
 1996年以来、きわめて不安定な情勢が継続するコンゴ民主共和国東部ブカヴの医師、ドゥニ・ムクウェゲ氏は、組織的な性暴力の被害者となった女性たちの治療と救済に努めてきた人物として広く知られています。
 ムクウェゲ氏の活動をテーマとした長編ドキュメンタリー映画(日本語字幕版)の上映会を、次週11月30日、東京外国語大学現代世界論コースで開催します。入場無料で、他学部・他コースの学生も歓迎します。

 『女を修理する男 - ヒポクラテスの怒り L'homme qui répare les femmes : la colère d'Hippocrate』
   réalisé par Thierry Michel,  1h52m, 2015 (日本語字幕:八角幸雄/監修:米川正子)

 映画上映会+講演会
日時: 2016年11月30日(水) 17:40-20:00
会場: 研究講義棟2階 227教室

 今回の上映会は、「コンゴの性暴力と紛争を考える会」の米川正子さん(立教大学)、そして本コース同僚の
金富子さんのご尽力で可能となったものです。作品は、NHKBS1で今年8月24日に放送された『ムクウェゲ医師の闘い-コンゴ』(50m)の完全版にあたるものです。

 きわめて良質なドキュメンタリーで、問題の深刻さを突き付けてくる映像作品としての出来ばえも見事というしかありません。来場、鑑賞、省察をぜひおすすめします。

 本作のトレーラーもネット上で確認できますが、それ以上に、本作の音楽担当者Edo Bumbaによる下記PVが非常に印象的です。冒頭何十秒かの辺りに、リベリア内戦中の国境の街で自分が何度も出遭ってきたような、雨降る夕暮れの情景が一瞬流れていきます。

2016年11月12日土曜日

『人種神話を解体する』


竹沢泰子さんを共編者とする全3巻のシリーズ論集『人種神話を解体する』が、この秋に東京大学出版会から相次いで刊行されています。

川島浩平・竹沢泰子 編
  『人種神話を解体する3  「血」の政治学を越えて』
  東京大学出版会、2016年9月30日発行。

斉藤綾子・竹沢泰子 編
  『人種神話を解体する1 可視性と不可視性のはざまで』
 東京大学出版会、2016年10月27日発行。


「メディアや文化における「血」の語りの構成を明らかにしつつ、自らの生き方と葛藤によって社会的実在としての人種概念を少しずつ動かし解体してきた、“境界に立つ当事者たち”の姿を仔細に追うことで、人種という表象、人種という知の今後の姿を見る」

「本来見えるはずのない人々の差異は、歴史・社会的にどのように徴づけられてきたのか。人種主義は社会階層、ジェンダー、民族の政治(ポリティクス)とどう複合してきたか。見えない人種が創られていく現場に、近代史と現代、日本とアジア・ヨーロッパ・アメリカの事例から切り込む」
      (それぞれ、3巻、1巻のパンフレット案内文) 

 3巻本の論集にそなわる特色のひとつに、「現代日本社会の諸問題と、世界の人種研究の現在をリンクさせる」点が挙げられています。

 その趣旨をまさに反映するかたちで、たとえば第1巻の第2部から第3部の冒頭にかけて、合州国の「ニグロ」人種判定裁判、天皇制、ロマを題材とする論考が息もつかせず連続しながら繋がっていくその配置に、とりわけ感銘をうけました。

  人種という人間の神話的分類にまつわる自社会/異社会の歴史的基盤を同時並行で掘り返していくうえで、今後欠かすことのできない大きな参照軸になる共同研究の成果だと思います。これはおすすめです。

2016年10月22日土曜日

ホッピー文化研究会編 『ホッピー文化論』 ktkr


ホッピー文化研究会編  『ホッピー文化論』ハーベスト社、2016年8月30日発行。

  文化人類学の若き俊英たちが「ホッピー本」を出すというカゼの噂を、わたしはさる消息筋をつうじて数年前からひそかにキャッチしていた……というのは真っ赤な嘘で、この本の発起人にあたる藤野陽平さんが北大に就職される以前、かれと東京で私的な「ホッピー研」をときおり開きつつ、この論集の刊行を心待ちにしていたというのが本当のところです。

  当時ひらいた研究会は、全部で3回ぐらいだったでしょうか。阿佐ヶ谷、蒲田、東高円寺の各名店には、藤野さんに連れて行ってもらった記憶があります。わたしも錦糸町の無国籍歓楽街付近にホッピーのよさそうな店を見つけてはいたのですが、そのうち藤野さんの就職が決まり、自然解散のようなかたちになっていました。そういえば今度はいっしょに行こうと約束していた蒲田のグランドキャバレーにも、まだ行けてはいない。

「本書が訴えたかったのは、ホッピーという東京近辺でよく見かける ようになったが、なんだかよくわからない身の回りにある「異文化」を掘り下げていくことで、現代社会や近過去の歴史がよく見えてくるのではないかということである」 (藤野陽平 「おわりに」より)

「ホッピーが許容される場所の限定性は、最初の一杯に「とりあえず」注文されることの多いビールが獲得している高い汎用性と対照的である[…]ホッピーはよりマイナーで特異である。ナカだの、ソトだの、三冷だのといった呪文のような合言葉はわかる人とわからない人を選別し、秘密結社じみた雰囲気がある。以前に比べれば知名度が上がったとはいえホッピー自体まだまだ知らない人も多い」
                          (本書所収、藤野陽平論文「ホッピーが醸し出すノスタルジア」より)

これらの呪文をフィールドで手ずから教えてくださった笑顔愛くるしい我が恩師の文章、さすがに名文です。

拙宅書斎では、佐藤和歌子の名著『悶々ホルモン』の隣りに、この本を収蔵させていただきます。

2016年10月14日金曜日

秋学期ほか

à Kidira  (2010, I. Majima)
今月第1週からはじまった秋学期は、月曜・火曜に授業が集中する格好に。2日で実質7コマ状態となり、火5終了後は毎週もうろうとしています。

月3  3年ゼミ読書会 アレント『人間の条件』
月4  M演習  不可視委員会のテクスト
月5  D演習 バタイユ『普遍経済論の試み』
火1  基礎演習 『東日本大震災の人類学』
火3  学部選択講義 暴力論
火4  学部3年ゼミ  ゼミ論 writing up
火5  学部4年ゼミ   卒論 writing up

夏合宿で、ゼミ生のみなさんから「現実に比べてちょっともう若杉」との厳しい指摘をいただいていた本ブログのプロフ写真を、最近やっと変更しました。去年のポートレイトゆえ、もう文句は言えまい、フハハハハ。

2016年10月9日日曜日

高頭組のシゴト、続々刊行!
























  高頭組(タカトーグミ)というのは、わたしが勝手にそう呼んでいるひとびとの「通称」で、ことし3月に高頭麻子さんが日本女子大で企画・開催したシンポジウムをきっかけに結成(?)されたグループです(くわしくは本ブログ2月24日付記事を参照)。

  初めてお会いしたのにたちまち互いが意気投合、というじつに直線的な軌跡をえがいた事前打合(組結成日)の晩の記憶は、わたしのなかでいまだに鮮烈です (右下写真、左より温又柔さん、大辻都さん、高頭麻子さん、真島、沼野恭子さん @高頭研究室)。

  そんな高頭組の方々が、秋の声をきいたとたん、次々とお仕事の成果を発表しはじめました。

  Ⅰ. なによりまず、「永遠の不良少女」高頭さんは、1997年の『めす豚ものがたり』、2013年の文学論『警察調書』につづいて、おなじダリュセックを著者とする小説『待つ女』の日本語訳を出されました。

マリー・ダリュセック  『待つ女』(高頭麻子 訳)藤原書店、2016年10月10日発行。

  「虚飾と欲望の都ハリウッドで出会い、恋に落ちた黒人俳優と白人女優。男は、植民地時代のアフリカを描くコンラッド『闇の奥』を、自らの監督で映画化するという野望を抱き、現地ロケへと旅立つ。男を追ってカメルーンに向かった女の切ない恋のゆくえは……?」 (裏表紙リード文より)

  高頭さんからはドラフト段階から本書の訳文を読ませてもらっていたのですが、読んでいてドキドキする場面が多かったのを憶えています。なにしろ原題からして、Il faut beaucoup aimer les hommes ですし。

  Ⅱ. 沼野恭子さんは、現代ロシアの作家スタロビネツのデビュー作を共同翻訳として発表されました。

アンナ・スタロビネツ  『むずかしい年ごろ』(沼野恭子・北川和美 訳)河出書房新社、2016年9月30日発行。

  ただ、淡い青と赤からなる表紙の色調を一瞬ステキと思ったのもつかのま、その青と赤のなかに描かれた形相が暗示するように、この書がホラー作品集であり、そもそもスタロビネツがそのジャンルでの鬼才として名高い事実を今更ながらに知ったとたん、戦慄がはしりました。恥ずかしながら、ホラーに属する文章や映像に、わたしは怖くて近づけないからです(買っても読めなかった経験も何度かあり)。沼野さんの「訳者あとがき」は一読しましたが、「背筋が凍りつくような恐ろしい内容」として紹介されている表題作はまず無理として(一人称複数で表象されはじめる憑依…ハードル高すぎ…)、「どれも薄ら寒い恐怖」を抱かせる作品群のなかで、わたしのような者でも比較的耐えやすい所収作品をこんど直接教えていただこうと思っているしだいです。

 「もうだめだ。いっしょに絶望しましょう。- 藤野可織
                        こわい。こわい。僕が「蟻」におかされる」  (本書帯より)

  Ⅲ. 作家の温又柔さんは、デビュー作「好去好来歌」と表題作をおさめた『来福の家』の新装版を届けてくれました。

温又柔 『来福の家』白水社(白水 ブックス)、 2016年9月30日発行。

  感性の触手をそのつど確認しながらなるべくスローに精読しようと思い、そうした読み方を意識的に採るのが相当久しぶりで気を張っていたからなのか、「好去好来歌」の冒頭わずか数ページをすぎた辺りから、 もう胸が締めつけられそうになってしまいました。「来福の家」もすべて味読したあとで、やはり「好去好来歌」へとたちもどり、その世界に惹きつけられていくのは、読み手にたいして終始張りつめた、ときに冷徹でさえある緊迫した物語の道行きが自分の好みに近かったからでしょうか。そして緊迫は、温又柔の読者が事によれば最初からそのように要請されがちな、言語をめぐる葛藤それ自体からのみ生じているようには思えません。いまの自分には、まず年齢的にいささか縁遠いものとなった、密室での、あるいは「福州家庭菜」の店内での通い合いの緊張感が、この作品から存分に伝わってきた(呼び覚まされた)ことだけは、ひとりの読み手として確言できると思います。「来福の家」のリミちゃんが、エミちゃんはナニジンなのか訊かれたときに、「わかんない」と答えたように、言語と人間の分類は、その種の緊迫をひきおこす遠因にこそなれ、緊迫の本質にはなりえないと言いかえてもいいと思います。
  言語という/から生ずる事態の重苦しさを避けがたく想像しながら、かつ言語を本質としない生の緊迫ぶりを跳躍さながらに/官能の塊ごと想像すること。

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「お祖父ちゃんがくれたのよ」
手の中の象牙の判子をさすりながら、低い声で縁珠は繰り返した。
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台湾を捨てて、中国を選んだ総理大臣と同じ苗字が記載されているパスポートを、見せてもらおう。縁珠は思った。

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 - 好きになった人と、遠くに行こうとするねえ……
 木陰のような家のなかに、曾祖母の奏でる土地の言葉がやわらかく沁みわたった。

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2016年10月4日火曜日

学会誌 『文化人類学』

今年の4月から、日本文化人類学会の機関誌『文化人類学』編集主任の仕事をしています。

 前期編集委員会からの複雑な引継作業をひととおり終えたのち、このほど今期編集委員会が担当する最初の号、第81巻第2号が出版されました。

 編集委員は20人の大所帯で、委員各位にさまざまな業務を分担していただいているものの、これがけっこうハードな仕事です。
 査読をはじめとする種々の依頼メールや、査読審議メールの案文を作成・送信するのが編集主任の主作業である一方、編集業務に関わる受信メールだけでも、すでに9月半ば(仕事をはじめて5カ月半)の時点で1,000通を超えました。
 また、各号の出版に先立って、編集主任だけは、編集の事務担当者とともにゲラを二校まで全読みしなければなりません。本誌は年4回の発行で編集委の任期は2年ゆえ、今後も3カ月ごとに、あと7回は産みの苦しみを味わう計算になります。
 昨年度から仰せつかった東京外国語大学出版会の編集長の職務とあわせて、再来年の春まではなんとかこれら一連のタスクを日々の生活のなかでこなしていかなければなりません。


とはいえ、査読や校正のプロセスで投稿論文を(半ば否応なく)熟読する作業をつうじ、文化人類学のさまざまな問題系にかかわる最新の動向に対峙することのありがたさを、さっそく実感し始めていることも事実です。 
 文化人類学はいま、どのような相貌をとりつつあるのか。左に掲げた本号の目次(クリックで拡大)から、その姿を多少とも望見してもらえるように思います。今号では編集後記も書かせていただきました。

 
真島一郎 「編集後記」『文化人類学』 81(2): 385-386、
                           2016年9月30日発行。


2016年9月20日火曜日

カルロ・ギンズブルグ 『ミクロストリアと世界史』


カルロ・ギンズブルグの新しい訳書が刊行されました。訳者、上村忠男氏の独自編集による日本語版論集としては、『歴史を逆なでに読む』(みすず書房、2003年)に次ぐ、二番目の論集になります。所収論文全7編のうち6編が過去5年以内に発表されている点では、ギンズブルグの最新論文集ともいえるでしょう。

カルロ・ギンズブルグ 『ミクロストリアと世界史 - 歴史家の仕事について』
                            上村忠男 編訳、みすず書房、2016年9月20日発行。


「社会人類学にはただひとつの方法だけがある。比較の方法だ。そしてそれを採用することは不可能なのだ」                                                           (本書155ページ)
 エヴァンズ=プリチャードのこの伝説的な一言を冒頭でしめしながら、途中からジョルジュ・ソレルや”Devenir Social”といった固有名まで飛びだしてくる表題論文「ミクロストリアと世界史」は、読み応えとしても圧巻です。
 ミクロストリアにかかわる文脈でエヴァンズ=プリチャードが言及されるのは、むろん戦後1950年のマレット記念講演がもった思想史上の意義をふまえてのことでしょう。ただそれは同時に、民族誌学の不滅の金字塔 «Witchcraft, Oracles and Magic among the Azende»(邦訳タイトル『アザンデ人の世界』)の書き手へのオマージュとしてでもあったはずです。
 本書所収の論考「わたしたちの言葉と彼らの言葉」でギンズブルグがあらためて言及する89年の自身の論考「人類学者としての異端裁判官」(『歴史を逆なでに読む』所収)との間テクスト的な連鎖を、エヴァンズ=プリチャードのアザンデ民族誌が支えていたこと。人類学と歴史学の近似性を述べるくだりでは、あわせてマリノフスキーの言葉も紹介されます。
  「重要なのは部族Xではなく部族Xに投げかける問いである、とかつてマリノフスキーは語ったことがあった」                                                           (本書87ページ)

  ただ、狭義の人類学につらなる関心とはべつに、この訳書でわたしがひときわ強い印象を得たのは、論集のなかほどに収められたヴァールブルク論、「ヴァールブルクの鋏」でした。「アビ・ヴァールブルクの言語的霊感によって考案された数多くの造語のなかでも最も著名な」言葉、パトスフォルメル(情念定型)を軸に展開される思想史の省察。とりわけ、そこで詳細に掘り起こされる、ダーウィン感情論=『人間と動物における感動の表現』(1872年)と、ヴァールブルクのクロイツリンゲン講演(1923年)=『蛇儀礼』との関係。

 岩波文庫版の『蛇儀礼』(三島憲一訳)に初めてふれたときの読後感は、わたしには忘れがたいものがあります。ビンスヴァンガーの精神病院で療養中だった当時のヴァールブルクによる講演記録のほかに、この訳書には、講演原稿の事後のあつかいをめぐるヴァールブルク本人の短い書簡と、ウルリヒ・ラウルフの行き届いた「ドイツ語版解説」が採録されています。

  「首を切られた研究者の醜い痙攣であるこの原稿」- 書簡にそう記してはばからないヴァールブルク個人の生にとり、プエブロインディアンの儀礼・象徴研究がいかに切迫した意味をもっていたのか。クロイツリンゲン講演がかれにとり、「治癒のためのプログラムであるだけでなく、文字通りの闘争の書」であったことに、ラウルフの解説文を読むまでわたしはまったく気づいておらず、その大逆転に近い衝撃のほどを、読み手のひとりとしていまだに憶えています。

 そのかれが、「戦闘において死にゆく身体」をめぐる「根源的な感情」の事例をダーウィン感情論のなかに発見していたことに、ギンズブルグはこの「ヴァールブルクの鋏」であらためて注目します。上記の「ドイツ語版解説」におけるラウルフの末尾の一文を、このときわたしはふと想い出してもいました。

 「クロイツリンゲン講演はわれわれに、人間の文化的運命についての悲劇的な見解を伝えてくれる、と同時にそのまま悲劇的テクストでもあるのだ」

 共同研究の論集『二〇世紀〈アフリカ〉の個体形成』をめぐる数年前の仕事が、〈アフリカ〉のミクロストリアをめざした反=辺境的、反=伝記的な諸個体の省察に向けられていたとすれば、クルギ以後のわたしは、悲劇をそれとして明言することなく、「エネルギー安全保障」なるものの根底に燃えさかりあるいは燃え尽きつつある四大(elements)のひとつとしての「火」を介し、蛇儀礼の、アザンデ民族誌の、あるいは幻のアフリカを、いままた世界性の鏡として繋ぎあわせようとしているのかもしれません。

 「空を見上げるということこそ人類にとっての恩寵であり、また呪いでもあるのです[…]民俗学をやりながら、おもしろおかしいものに笑ってしまう人は、間違っています。そういう人には、まさにその瞬間に、悲劇的要素を理解する可能性が閉ざされてしまうのです」(Aby M. Warburg)

「火は熱い、しかし火が熱いのは妖術のせいではない。なぜなら、それが火の性質だからである。燃えることは火の普遍的な属性ではあるが、「あなた」を焼くことは火の普遍的な属性ではない。これはまったく起こらないかもしれないし、起こったとしても、一生に一度くらい、妖術にかけられたときに起こることであろう」
                                                 (E.E. Evans-Pritchard)
「わたしは、火を盗んだのだ、と思う」  (Michel Leiris)


最後に、ダーウィンの感情論もカバーしたイギリス感情史研究の重要な研究成果が、近々相次いで刊行される予定であることを、東京外国語大学出版会の編集長として、ここで予告しておきたいと思います。
上村先生、このたびのすばらしい編訳論文集の贈り物、ありがとうございました。

2016年9月18日日曜日

鷹木恵子 『チュニジア革命と民主化』


長年チュニジアをフィールドとされてきた鷹木恵子さんが、このほど新著を発表されました。

鷹木恵子 『チュニジア革命と民主化 - 人類学的プロセス・ドキュメンテーションの試み』
                                            明石書店、2016年9月10日発行。

「本書は、「アラブの春」の起点となったチュニジア革命とその後の民主化移行過程に焦点をあて、人類学的現地調査を踏まえて、ほぼ五年にわたるその経過を、プロセス・ドキュメンテーションの手法を用いて描いたモノグラフである」

序章冒頭でこう記したのち、著者は2010年12月から翌11年1月のベンアリー政権にいたるチュニジア革命と、以後のチュニジアで継続した民主化過程について、人類学者/民族誌家ならではの厚い記述をかさねていきます。じつに全530ページの大著です。

2014年に、新憲法の制定と自由選挙をへた大統領の就任がなされ、革命の目標だった政治の民主化移行が達成されたチュニジアでは、 その一方で、翌15年にテロ事件が国内で続発したように、経済面での民主化にいまだ難題を抱えている現実を著者はまず指摘します。

チュニジア革命と以後の民主化プロセスについてとりわけ注目されるのは、それが全体として、「国民のほとんどを巻き込んでの、まさに参加型での壮大なる社会開発プロジェクトであった」という点である。その間にチュニジアで経過した五年あまりの歳月を一連の開発プロセスとして柔軟に把握するためには、プロセスの多面性、多声性、多所性を意識しながら、当初は予測しえなかった事象の発生もプロセス全体のうちで積極的に跡づける努力が必要になる。既存の著書や論文、新聞や雑誌記事、インターネット情報といった文献資料にくわえて、著者自身のフィールドワークにもとづく観察記録や聞きとり調査の情報も資料に用いながら本書で提唱される手法こそ、副題にも記された「プロセス・ドキュメンテーション」ということになります。

本書「あとがき」では、著者の鷹木さんが1990年代初頭以来、チュニジアの調査生活で垣間見てきた「ベンアリー体制の深い闇」をめぐる印象的なエピソードが紹介されたのち、革命後のチュニジアで進行する現実の速度にウォッチャーのひとりとしてどう対応すればよいのかという戸惑いの思いが綴られます。西アフリカ研究者にあっても、とても他人事とは思えない述懐です。

「[…]多声的に語られる同一の現象、相変わらず同時多発的に頻発している異議申し立て運動など、この先、どのような方向へと向かうのかが不透明であるなかで、それらを一体どのように捉え、描けばよいのか、暗中模索は続いた」

その結果、鷹木さんは、多面的で多声的で多所的な現象を「できるだけそのまま」に描きたいと考えるようになっていきました。ひとりのフィールドワーカーが当のフィールドで生きた歳月そのものを、まさにそれにかなう分量で描ききった作品なのだと思います。

アラブ革命の延長線上で語られることもあるセネガル・ヤナマール運動の2011年を、『火によって』、あるいは『暗闇のなかの希望』によって想像すること

2016年9月13日火曜日

初秋のリレー講義

vers le soir, Ochanomizu
勤務先の秋学期は来月開始ですが、昨日は四大学連合のつながりで、東京医科歯科大大学院のリレー講義を担当してきました。

「世界の文化と医療」という題目の講義で、わたしは人類学のオーソドックスなテーマ、病因論について
連続2コマ分のお話をすることにしました。

東京医科歯科大で例年この講義が組まれているのは、医歯学総合研究科の修士課程MMAコース(医療管理政策学コース)です。履修要項には、「病院管理者や医療政策などの立案にたずさわる社会人を対象として、医療管理や医療政策の分野において指導的立場で活躍する人材の養成をはかるコース」とありますから、その世界ではすでに相当な経験を積まれた、プロフェッショナルにあたる方々が対象となります。それゆえ事前に予想していたとおり、1コマ目の話題提供こそひとまず人類学としての務めをはたしたものの、2コマ目のディスカッションからは、むしろわたしのほうが、医療の現場について受講者のみなさんから多くのことを学ばせていただく場となりました。万が一ディスカッションが盛り上がらなかったときのために用意していた第二のレジュメは、幸いなことにすべて無用となったわけです。長年にわたり助産師の仕事を続けてこられた方、東日本大震災の犠牲者の亡骸に医師として真向かわれた方、国際診療の現場で医療コーディネーターをされている方。おひとりおひとりの発言にはおのずとたいへんな重みがそなわっていて、忘れがたい言葉がいくつか克明に記憶に残りました。

2016年8月28日日曜日

RUN ! RUN !

automne, 2014
今夏は、なんと昨日辺りから、人のために生きる雑事の数々が片づいてきて、ついに、ついに、自分だけの(研究の)ために生きる時間ができはじめました。ただし、8月はもうほとんど終わり……

ゼミ合宿の帰りからひいてしまった夏風邪(自業自得)が長引いたこともあり、最後にランニングをしてから2週間ちかくが経ってしまいました。

1時間ほどのランニングを、この春からまた開始。尾山台から二子玉川につづく世田谷の多摩川沿いを走りはじめたのは、ちょうど『文化解体の想像力』の原稿を書いてた頃。だいぶむかしです。それから走らない数年を途中で挟んだりしながら、最後に走っていたのはたしか2009年、セネガル長期滞在の前年でした。

いまの主戦場は、稲城中央公園。野球場のまわりを数周してから、美しい「くじら橋」をぬけて、総合グラウンドのまわりをまた何周も何周も。ここは場所によって、夕暮れどきに深山幽谷っぽい雰囲気となってくるところが気に入ってます。1時間ぐらいなら走りを再開できる程度まで、体も恢復してきました。ヤレヤレ

2016年8月8日月曜日

学部ゼミ合宿2016

 
今年は8月1日から4日まで、3泊4日の日程で、
学部3年生のゼミ合宿@軽井沢を実施しました。
昨年同様、栗田ゼミとの合同企画で、OBの方々もふくめて参加者は多いときで25人ぐらい。


今年度合宿の課題テクストは、
太田好信・浜本満 編
『メイキング文化人類学』(世界思想社、2005年)
にしました。各章の概要紹介をひとり、ないしふたりが担当して、あとはひたすら熱い議論。10時間ほとんどぶっつづけのようなハードな日もありました。

ことしはとくに男子ゼミ生の面々が、揃いも揃って驚異的な呑み助ぞろい。ワーワー無駄に騒がず、実(じつ)をとる構えでひたすらカッパカッパ呑む。銘酒がたちまち空いていく。深夜から未明にかけて、とてつもない量のお酒が他界へと消えていきました。 

2016年7月17日日曜日

おさきまっくろ

ひとつ前の記事で紹介したリレー講義の準備をしているときに、向井孝著『暴力論ノート』の2011年増補版が出版されていたことを知りました。

向井孝 『暴力論ノート-非暴力直接行動とは何か 増補版』「黒」発行所、2011年5月1日

わたしが愛読してきた版は、2002年版でした。そして2011年、大震災から2ヵ月が経とうとしていたこの「増補版」発行日には、わたしはまだダカールにくらしていました。2002年版の『暴力論ノート』も、ダカールの書斎にありました。



戦争抵抗者インター日本部のブログ
「おさきまっくろ」に記されている情報にしたがい、増補版を2冊注文すると、それから少しして、書物といっしょに、水田ふうさんご本人から、まろやかな筆づかいの、心温まる書状をいただき、とても感動しました。

この書物の解説にかえた、水田さんの小気味よい名文「わたしの非暴力直接行動ってなに?」の一部を授業用のレジュメに抜粋し、受講生のみなさんに字面を目で追ってもらってから、一週間ぐらいあとに届いた贈り物でした。

「[…]「非暴力」という真面目な信念を、何か闘争の場でだけ実行しようというのとはちょっとちがう。それはしかけられた戦争に勝つための闘いやない。生きているかぎり、負けても負けても負けてしまわない、当然のわたしらの日常-暮し-としての非暴力直接行動なんや。」

「[…]そやから、非暴力直接行動は、たとえば「人間の楯」や座り込みやハンストやダイインやその他いろんな抗議行動のスタイルやいわゆる非暴力的な戦術に限定されたもんとしていいたくない[…]国民の「生」から、自分自身の、個の「生」をとりもどすことなんや。言い換えたら、日々の生き方において、「非暴力直接行動」を奪還するいうことやねん。[…]」

2016年7月10日日曜日

原初的叛乱者の系譜

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年間の教壇暮らしで最も消尽する
水曜6限(17:40-19:10!)の講義
「世界から考える沖縄」が、
今夏も無事終了しました。

ことしも昨年とおなじメンバーによるリレー講義。どなたの講義内容も、他のふたりに比べるとかなり異様にみえるという、稀にみる攪乱的・理想的なリレー内容。

2年生になったばかりの学生を中心とした100名をこえる受講者に、
わたしが今年伝えようとしたのは、上原安隆の不在の遺書を想像すること、ただその一点でした。

原初的叛乱者たちの隠された系譜をたどる、という今年のサブテーマには、いうまでもなくホブズボームの初期の著作 Primitive Rebels (邦訳タイトル:素朴な反逆者たち)の発想がその基盤を形成しています。系譜、ということばづかいにも、あるいは山口昌男の「徒党の系譜」がインターテクスチュアルに裏書きされているのかもしれません。 昨年、クルギの面々と琉球大学の日本平和学会秋期研究集会で開催したシンポジウムで、阿部小涼さんが言及された「見えないアーカイヴ」のイメージさえ、このテーマにおのずと流れ込んでくるような気もします。

上原安隆の遺書をあらためて想像するにあたり、北条民雄から谺雄二へ、伊藤野枝から向井孝へと、今回は相当な遠まわりを必要としました。くわえて、わたしが折にふれて言及したハキム・ベイや蓮實重彦の一節に、ポカンとしながら何か強いものを受講者の方々が直感してくれたならなあ…と今は思っています。

いずれにせよ、わたしのような者が今の時点でまがりなりにも上原の遺書を想像する作業にとりかかれるのも、ひとえに森口豁と仲里効が重要な仕事を残し、事件を常なる現在として風化させずにきたからに他なりません。森口のドキュメンタリー映像『激突死』それ自体、そして写真集『さよならアメリカ』(仲里効 解説)に再録されたあの一文の重みを、今回もまた、あらためて痛感したしだいです。

森口豁 「たった一人の「コザ暴動」 喜瀬武原・東京・そして今」 2011年(初出2000年)

2016年7月3日日曜日

アリエル・ドルフマンと飯島みどり


畏友・飯島みどりさんがまたもや、すばらしい訳業の贈り物を届けてくれました。

アリエル・ドルフマン 『南に向かい、北を求めて-チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語』
  飯島みどり 訳、岩波書店、2016年6月22日発行

歳月をかけ、ひとりの表現者のうちで有無をいわさず抜き差しならなくなっていく、スペイン語(カステジャノ)と英語、ふたつの舌=ことば(レングアヘ)との、狂おしい契り。 ヤヌスの顔をおびたその場に東アジアの翻訳者がおそらくこれまた相当な歳月をかけて憑依しまた憑依されていったなまなましさを、彼女の最終的な訳稿のうちで、テクストそのものをつうじて読み手が後追いできることの至高性。それはまた、ツイン・タワーの2001年に横領された9月11日を、このあと何度でもチリの1973年に引き戻そうとする二人の翻訳者、ドルフマンそして飯島の、力の至高性にも繋がれているはずです。

「 […] 北に向かい南を求め、もはやそこに暮らしてはいない南を求めて、南よ、千々の形を取り、数多の仮面をつけてとうとう君の許へ戻り着きつつあったのに、ピノチェトをもものともせず僕の国を取り戻しつつあったのに、
それなのにその僕の国をまたもや、自分では如何ともし難い歴史/物語のせいでまたも失うことになってゆくとは。[…]」   (>「終章」)

なお、「日本語版への付録」として本書末尾に添えられた、2006年ピノチェト葬儀をめぐるドルフマンの-ひとつの、それともふたつの?-短いテクスト、「さよなら、おじいちゃん Good-Bye to a Grandfather」/「孫たち Los nietos」は、この直後に併載された「訳者あとがき」と合わせて、必読に値する翻訳論としての批評性、というより起爆力にちかい詩趣を湛えています。訳文そのものの流麗さも込みで、見事というほかありません。

「[…] 絶えず回帰する傷を残すような抑圧 […]」  (>「孫たち Los nietos」)

2016年6月16日木曜日

『初期社会主義研究』第26号/シンポジウム「大杉栄と現代」

初期社会主義研究会の機関誌最新号が、先週とどきました。待望の一冊です。


『初期社会主義研究』第26号
2016年6月5日発行

特集1
『大杉栄全集』完結記念
特集2
女性解放と初期社会主義


大杉全集の完結記念として、じつに興味ぶかいシンポジウムの開催も予告されています。これは欠席できません。

シンポジウム
「大杉栄と現代」
2016年7月2日
午後3時~5時30分

明治大学和泉キャンパス
第1校舎303教室

参加費無料

後援:初期社会主義研究会/アナキズム文献センター/ぱる出版

2016年6月9日木曜日

温又柔 講演会 「中国語の苦手な台湾人」

温さんが今月23日、東京外大で特別講演をなさいます。

リレー講義「世界文学に触れる」特別講演会

温又柔 「中国語の苦手な台湾人 - たった一つの、
      わたしのものではない日本語で語ってみる」

2016年6月23日(木) 16:00-17:30
東京外国語大学 府中キャンパス101教室


ご講演のこの副題から察するに、お話は、他者の単一言語使用をめぐる問題の深みにまで分け入っていくのでしょうか。しかもこの日は、奇しくも慰霊の日。ご講演のタイトルからは、仲里効さんの『悲しき亜言語帯』 まで想起されてくる感じです。


一般公開・入場無料
Entree libre !  Venez nombreux !


2016年6月1日水曜日

クワズイモ、咲く

自宅リビングのすみに何年も置いてきた鉢植えのクワズイモが、はじめて花をつけました。クワズイモの花は、はじめて見ました。

どういう具合で、どういう気持から、クワズイモくんが
とつぜん花を咲かせたのか、とんと分かりません。

開花は先月5月の中旬で、花はほんの数日の命でした。少しおどろいたが、またこんど会おうね。じゃあね。



2016年5月13日金曜日

目取真俊講演会


あすは府中で「イーダ」を観たのち、
その足で市ヶ谷へ移動しなければなりません。

目取真俊講演会

2016年5月14日(土) 18時開始
法政大学(市ヶ谷)ボアソナードタワー
26階A会議室

主催:
「路上で抗議する表現者の会」準備会/法政文芸

2016年5月12日木曜日

ショインカ 『狂人と専門家』


国際演劇協会日本センター発行の
『紛争地域から生まれた演劇』最新号(第7号)を
このほど粟飯原文子さんから送っていただきました。

同誌に収められているのは、昨年末に東京芸術劇場で開催された同名タイトルのリーディング公演で対象となった戯曲三作の日本語訳です。そしてそのひとつが、何あろう、1970年代初頭のショインカの戯曲なのでした。

ウォレ・ショインカ 「狂人と専門家」(粟飯原文子 訳)
 『紛争地域から生まれた演劇』第7号、5-86頁、
                        2016年3月27日。

昨年末の公演には両日とも都合で足を運べなかった私のような者にとり、たいへんな贈り物を頂いた気持でいます。併載されている粟飯原さんの解題文「“意味”がやってくるのを待ちながら」 によれば、この戯曲は、ビアフラ戦争時に投獄されたショインカが、約2年の獄中経験から着想を得て生みだした作品とのことです。


1980年代前半にアチェベと交わした対談中で、山口昌男が、ビアフラ内戦後のナイジェリア文壇を襲った亀裂の凄まじさについて語っていたことが想い出されます。そして、渦中にあった彼の盟友、ショインカ…

「ウォレ・ショインカにはじめて会ったのは、1964年[…]イバダンにおいてである[…]町の中に「ムバリ」という[…]クラブがあった。地方色豊かな踊りや劇を上演し、芸術家たちのたまり場として使われていた。あるとき、私は同僚のレイモンド・アプソープとクラブに居た。中西部の踊りのグループのパフォーマンスを見るためであった。会が終わるとショインカがカンパを求めて聴衆の間を回り出した。私の席にも足をとめて、何か二言三言しゃべったが、何を話したのか憶えていない[…]ショインカが[…]ビアフラ戦争の最中に和平交渉を秘かにすすめて、スパイ行為の嫌疑で逮捕され、投獄されたとき、私は日本からナイジェリアに戻り調査地にあった。新聞・雑誌・ラジオの報道でショインカは袋叩きにあっていたように記憶している[…]」
(山口昌男 「ショインカとの再会」『読売新聞』
                    1987年10月15日夕刊)

2016年5月10日火曜日

TUFS Cinema ポーランド映画祭


今週末より、
本学アゴラ・グローバル
プロメテウスホールにて『ポーランド映画祭』が
毎週土曜に開催されます。

上映予定の各作品紹介文をご一読ください。いずれもポーランド20世紀史をつうじ、今日の世界性へと開かれた問いがそれぞれの仕方で投じられている点で、じつにすばらしい鑑賞の機会となることが期待されます。


今年度春学期の火曜3限
『グローバルスタディーズ』の受講者には、このうち少なくとも一作品を鑑賞し、簡潔なレポートを提出することを初回アクティブ・ラーニングの課題とします。

自己の感性に拠りながら、思考を深めるひとときとしてください。













2016年4月5日火曜日

痙攣的なものの現在 / something amazing


東京外国語大学出版会の広報誌『ピエリア』最新号
(2016年春号)が、ことしも新入生の入学にあわせて
刊行されました。

「歴史のことば 現在のことば」というテーマで、特集が組まれています。わたしは、「痙攣的なものの現在」という小文を寄稿しました。出版会編集長としてのご挨拶の一文も、あわせて巻末に記しました。
 痙攣的なものの現在

あれこれの書物から印象に残る一文を引いてくるという求めに沿いながらも、作文の過程で記憶から急によみがえり、最後はそのことについて書いているとさえ錯覚しそうになったのは、母を亡くして二年後の姿といわれるゴスペルシンガー、マーヴェン・レーマの映像でした。
https://www.youtube.com/watch?v=PIQl6ygRqhw
形容しがたい声の力と、ヘッドフォンをたえず直そうとする覚束ない指のはかなさとの乖離と並置。自分のなかではそれが、コートディヴォワールの村でたしかに耳にしたいくつかの声の残響と、通底器のしかたでいつしか繋がれてしまったような気がしています。

2016年4月3日日曜日

応答の人類学 ディスカッション記録



2月22日に開催された
応答の人類学第25回研究会(ブログ2月10日記載)におけるディスカッション部分の記録が、このほど下記にアップロードされました。

応答の人類学2015年度行事開催記録

講演の本体部分も、いずれ文字化できる機会があるかもしれません。

長時間にわたる総合討論だったので、
文字化にあたっては、最終的な編集・整形作業にたいへんな手間がかかったと思います。今回の企画で中心となってくださった
九州大学の飯嶋秀治さん、ありがとうございました。あらたに多くのことを学ばせていただきました。






2016年3月29日火曜日

だから まいにち たたかう


おすすめ情報

映画上映会 「だから まいにち たたかう」
So Everyday We Fight

2014年 長編記録映画 115m
制作・撮影(2003年/山邨伸貴)
構成・編集 倉岡明子

渋谷アップリンクにて。

上映日
4月16日
4月20日
4月23日
4月24日
4月29日

5月 2日
5月 3日
5月13日


詳細は右画像ファイルをクリック!







2016年3月28日月曜日

読売新聞市民講座 概要記事


3月19日に開催された
読売新聞市民講座(ブログ3月4日記載)の
講演記録が、このほど同紙に掲載されました。

読売新聞 2016年3月26日朝刊(多摩版)
第34面

関係者のみなさま、そして当日ご来場いただいたみなさま、たいへんお世話になりました。



2016年3月4日金曜日

読売新聞市民講座 「他者の生を、自己の生につなげる」

クリックで拡大
再来週の週末19日に、
市民講座でお話をさせていただきます。

東京外国語大学・読売新聞立川支局共催
連続市民講座第11回

日時: 2016年3月19日(土) 13:30-15:00
場所: 東京外国語大学
    アゴラ・グローバル プロメテウス・ホール

内容:
 真島一郎
 「他者の生を、自己の生につなげる
         -山口昌男と文化人類学」



2016年2月26日金曜日

温又柔 「国語」から旅立って



来月8日のシンポジウムにむけ、おととい、日本女子大の高頭研究室で打ち合わせをしてきました。

そのとき作家の温又柔さんからステキな搭乗券をいただいたので、
帰宅したあと、ボゴラン(西アフリカ、サヴァンナの泥染め布)のうえにそっと置いてみました。

搭乗券をハラリとひらくと、そこには管啓次郎さんのつぎのことばが記されています。

「おなじひとつの歌だって/いろいろな国語でいっぺんに/歌われていい」

これをさらにひらくと、温さんの短いエッセイが日本語、中国語訳、韓国語訳、英語訳で
同時に目に飛びこんでくるしかけです。

温又柔 「「国語」から旅立って」 [初出 『Coyote』(Spring 2015) ]。

温さん、イニチェ(マリンケ語)! ジェレジェフ(ウォロフ語)! ウズウウ・ドゥウ(ダン語)! ありがとう(日本語)!

2016年2月24日水曜日

Alle Dichter sind Juden シンポジウム「越境とリミックスの世界文学」

世界文学を考える集い、『越境とリミックスの世界文学』が来月3月8日に、日本女子大学で開催される予定です。 私もすこし発言しますが、むしろほかの語り手のみなさんからまたとない省察の機会を与えられることを、いまから心待ちにしています。

文学と人類学の接触域。大学生のころに当時の友とああでもないこうでもないと議論しあった
「前言語的地熱の高まり」という蓮實重彦の修辞の深みを、いまもときどき思いだすことがあります。
地熱の高まりの果てにあるのは、文字どおりの言語か、発話をふくみこんだ行為か、それとも諦観とは異質な一種の沈黙か。
世界のいたるところで、だれも知らない時間に、無数の地熱が明滅の度を加速させながら、充溢のあるいは失意と破局のときを告げようとしている今なのでしょうか。





シンポジウム『越境とリミックスの世界文学』

日時: 2016年3月8日(火) 14:00-17:00
場所:  日本女子大学 目白キャンパス新泉山館1階会議室

第1部 14:00-16:15
 挨拶・司会: 高頭麻子(日本女子大・フランス文学)
1 カリブ作家の「渡りの文学」- マリーズ・コンデを中心に    大辻都(京都造形芸術大・カリブ文学)
2 そもそもアフリカに根はあったのか- 東アジアの視界から  真島一郎
3 境界線上の子ども- 日本語圏の〈新しい〉台湾人として   温又柔(作家)
4 時空の越境と〈ユダヤ性〉- ツィプキンとウリツカヤ      沼野恭子(東京外国語大・ロシア文学)

第2部 討論 16:30-17:30

2016年2月22日月曜日

「災害・政治・生」

おととしの6月にAA研で開催されたシンポジウムの記録集がこのほどAA研で刊行されました。


基幹研究「人類学におけるミクロ-マクロ系の連関」
二〇一四年度、第一回公開シンポジウム
「〈情動 sense, emotion and affect〉と〈社会的なものthe social〉の交叉をめぐる人類学的研究」

AA研、2016年2月22日発行。

真島一郎 「災害・政治・生」、同書55-62頁。


2016年2月10日水曜日

応答の人類学 第25回研究会

沖縄 斎場御嶽  (2008,  I. Majima)

「応答の人類学」研究のお招きを受け、
今月22日に、以下のプログラムで話をさせていただきます。講演内容の概要は、下記URLに記されています。
http://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~com_reli/jasca_outou/


「応答の人類学」第25回研究会
後援: 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)知識科学研究科

日時: 2016222日(月)13:3017:30

会場: 東京都品川区北陸先端科学技術大学大学院東京サテライトRoom A

プログラム: 

13:30-13:40 趣旨説明 飯嶋秀治(九州大)

13:40-15:10 基調講演 真島一郎(東京外大)「破局の世界性と夜の思考―今日の山口昌男」

15:10-15:40 応答のコメント
                  小國和子(日本福祉大)「フィールドでの応答を意識して」
                  飯嶋秀治(九州大)   「ホームでの応答を意識して」
                  亀井伸孝(愛知県立大)「エデュケーションでの応答を意識して」

15:40-15:50 休憩
15:50-17:00 総合討論