2021年10月7日木曜日

田宮虎彦「花」


 「田んぼや畑には食糧農作物以外はどうしても植えちゃあならねえというだ、植えれば懲役に行かねばならねえというだ、だけどもよ、田や畑でねえところなら、花を植えても食糧農作物をへらすことにはならねえはずだとかあちゃんは思うだよ」

「かあちゃん、かあちゃんは九郎畑に花を植えるってか、いくらかあちゃんでも九郎畑は無理だ、あすこは畑じゃねえだ、やせた谷だ、それによ、谷は谷でも朝日谷は風っ早(かぜっぱや)だ、何が何でも、花が出来るわけがねえだ」

「おめえに話があるといったのは、ほかでもねえだ、九郎畑に何も出来ねえってことは、かあちゃんもよく知ってるだ、かあちゃんはそれを知ってて、おめえにたのむだ、かあちゃんには花をつくることをやめることは、どうしても出来ねえだ[…]かあちゃんは君浦の畑という畑を花でうずめてしまいてえと思って来ただ、かあちゃんは花なしには生きていけねえだ、なるほど花は口で食べることは出来ねえだが、口で食べるものだけが食べものじゃねえだ[…]」         (田宮虎彦 1963「花」)