2022年1月27日木曜日

ゼミ論発表会2021

 
















 

 

 

 

 

 ゼミ3年生による一年間の研究の総まとめ「ゼミ論発表会2021」が、昨日開催されました。今年度は、以下10篇の力作が生まれました。「自分は今、世界のどこに立っているのか」を根源的な問いとして共有しながらも、「ばらばらでひとつ」から生まれる個性豊かなチームワークが、今年もディスカッション1年分の積み重ねを経て、みごとに実を結びました。ゼミのみなさん、おつかれさま。そしてありがとう。

「隔離と再帰するアイデンティティ-ザンビア・ハンセン病回復者の生を通じて」

「マルクスの物質代謝論-素材的世界と経済形態規定の軋轢」

「ハラルの輪郭 -ハラル認証から浮かび上がるイスラム性」

「「スローライフ」は順番待ち-前橋市のスーパーシティ構想にみるスローの居所」

「法は日本を変えられるか-刑法の性犯罪規定改正と社会のジェンダー観」

「テジャの光彩と国権の権威-スカルノ演説「歴史の原動力となれ」を読む」

「「弱さ」の再解釈-藤原辰史「分解の哲学」に基づいて」

「どこにもいない被害者/どこにでもいる加害者-家庭内暴力における当事者性の欠如を再考する」

「メルッチの「新しい社会運動」論-動員と排除」

「外国人入居差別の実態と当事者の情動-インターネットから読み取る」

2022年1月1日土曜日

パンデミックサイト最終公演「鬼ノ夜祭」

新年のカウントダウンを、現代アートの公演参加で行いました。
 
■2021年12月31日(火)
街に除夜の鐘が鳴り響く大晦日の晩、パンデミックシアターで、パンデミックサイト最終公演・夜の部「鬼ノ夜祭」を開催しました。現代美術家の山川冬樹が、谺雄二の詩文「鬼の顔」「鬼の祭り」の二篇を、鬼気迫る渾身のパフォーマンスでリーディングしました。パンデミックシアターに設置された「隔離テント」のなかから小田マサノリが「森の精霊」に扮した真島一郎にむけて最後の演出を行いました。会場いっぱいにインスタレーションされた蔦の葉は「蔦のからまる廃墟に死神たちは寄りつかない」という民間信仰にもとづいた舞台演出です。(『パンデミックサイト ブログ』より)

(03m50s 前後から「森の精霊」登場)

2021年11月30日火曜日

2021年11月1日月曜日

アナキズムを読む

 このほど皓星社から、『アナキズムを読む』が刊行されました。

田中ひかる 編『アナキズムを読む 〈自由〉を生きるためのブックガイド』皓星社、2021年11月5日発行。 

このうち私は2編のブックガイドを担当しました。

真島一郎「やはり何か「そういうことをしたいのです(赤瀬川原平『東京ミキサー計画-ハイレッド・センター直接行動の記録』)」pp.50-51

真島一郎「生きよ、消えよ、そしてまた占拠せよ(ハキム・ベイ『T.A.Z.-一時的自律ゾーン 存在論的アナーキー 詩的テロリズム[第2版]』)」pp.114-115

全体にかなり濃密で見事な構成のブックガイドになっています。関心のある方はぜひお手にとってみてください。表紙のニャンコもかわいいです。

2021年10月7日木曜日

田宮虎彦「花」


 「田んぼや畑には食糧農作物以外はどうしても植えちゃあならねえというだ、植えれば懲役に行かねばならねえというだ、だけどもよ、田や畑でねえところなら、花を植えても食糧農作物をへらすことにはならねえはずだとかあちゃんは思うだよ」

「かあちゃん、かあちゃんは九郎畑に花を植えるってか、いくらかあちゃんでも九郎畑は無理だ、あすこは畑じゃねえだ、やせた谷だ、それによ、谷は谷でも朝日谷は風っ早(かぜっぱや)だ、何が何でも、花が出来るわけがねえだ」

「おめえに話があるといったのは、ほかでもねえだ、九郎畑に何も出来ねえってことは、かあちゃんもよく知ってるだ、かあちゃんはそれを知ってて、おめえにたのむだ、かあちゃんには花をつくることをやめることは、どうしても出来ねえだ[…]かあちゃんは君浦の畑という畑を花でうずめてしまいてえと思って来ただ、かあちゃんは花なしには生きていけねえだ、なるほど花は口で食べることは出来ねえだが、口で食べるものだけが食べものじゃねえだ[…]」         (田宮虎彦 1963「花」)