2015年1月24日土曜日

公開合評会 松村圭一郎 『所有と分配の人類学』

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来週30日(金)に、AA研にて公開合評会を開催します。

松村圭一郎『所有と分配の人類学-エチオピア農村社会の土地と富をめぐる力学』世界思想社、2008年。

力作として評価の高い上記御著作にくわえ、
松村さんの最近のお仕事もふくめた
研究集会となる予定です。

コメント陣として、渡邊日日氏もお迎えし、
きわめて高水準の討議が予想されるところです。
司会役の私も大いに勉強させていただこうと
思っています。

ポスター記載の時間と場所は、
以下のとおり変更となりました。

日時: 2015年1月30日(金) 16時より19時
場所: AA研セミナー室 (301室)

事前申込不要の公開企画です。
所有と分配=再分配の主題系に
ご関心のある方の来場をお待ちしています。

2015年1月20日火曜日

幻の山口エノケン論 刊行!

論集『山口昌男 人類学的思考の沃野』で編者をつとめてくださった川村伸秀さんが、
編集者としてのたいへんな力技を未定稿に揮われた成果として、このほどついに幻の山口昌男・エノケン論が上梓されました。

山口昌男 『エノケンと菊谷栄-昭和精神史の匿れた水脈』 晶文社、2015年1月20日。

「日本の喜劇王エノケンとその座付作者・菊谷栄が、二人三脚で切り開いた浅草レヴューの世界を、知られざる資料と証言で描いた書き下ろし評伝。本稿の存在は、これまでも山口昌男の熱狂的な読者の間で知られていた。80年代に執筆されたが中断、その後も原稿に何度か手が入れられたものの、ついに完成をみることはなかった。本書は、先年亡くなった著者の遺志を継いで、その“幻の遺稿”を整理・編集し、刊行するものである」 (本書カバー見返し・紹介文より)

山口エノケン論の元々の企画編集者だった間宮幹彦氏(当時・筑摩書房)による「編集後記その一」、そして当の川村さんによる「編集後記その二」には、山口昌男という知の運動体をとりまく当時の事情がじつに鮮やかに描かれています。

「山口昌男の仕事は、『「挫折」の昭和史』から突然に日本の近代精神史へと強い関心を示し、扱う対象が大きく変わっていったことはよく知られている[…]ところが、『「挫折」の昭和史』とそれ以前の仕事の間に本書を置いてみると、すんなりと納得がいくのである[…]その意味では、未完のまま眠っていた本書は、山口人類学のミッシングリンクであると言うことができよう」 (川村伸秀 「編集後記その二」より)

全編匂い立つような浅草昭和モダニズムの残映、そして近代日本の稀代の道化役者エノケンをとりまく群像模様。山口昌男読みにとっては、たいへんな一書が日の目を見ました。

川村さんならではの、巻末収録「菊谷栄所蔵ジャズレコード一覧」(!)のおかげで、
読み手の耳には、キュンとくるBGMさえ流れてきます。
昭和40年代の横浜元町で耳にした音の微かな記憶……これは時代も何も違う余計な話です。

2015年1月17日土曜日

「等し並み」の呪縛


本学国際社会学部
現代世界論コースの
企画で、次週23日、
映像とともに
アフリカのお話を
すこしさせていただく
予定です。

公開企画ではありませんが、
学生のみなさんは
ふるってご参加ください。



2015年1月8日木曜日

今年もよろしくお願いします

プレザンス・アフリケーヌ前のカフェにて
新しい年を迎えました。
今年もよろしくお願いいたします。

新年早々からひどい風邪をひきながら
次の刊行物の準備をしています。

2014年12月24日水曜日

谺雄二 『死ぬふりだけでやめとけや』

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今年手にとった和書のうち最高の収穫は、尊敬する編集者のT氏から秋のなかばごろに
プライべートな贈り物としていただいたこの一書です。


姜信子(編) 『死ぬふりだけでやめとけや - 谺雄二詩文集』
                                 みすず書房、381頁、2014年3月20日発行




そして やがてやって来る冬は おれたち「鬼の顔」を 汚濁の歴史の顔を 真ッ二つに断裂く
斬新な冬だ 破壊のときだ! この尾根の上の一切が たたきこわされるだろう 破り棄てられるだろう 総て古いものは崩壊するがいい 砕けろ!

盲目の病友よ きみの眼はきっと 見開かれるだろう 眼をみはって もう一度おれたちの敵を

確認するんだ きみよ怖れるな いまこそあおれたち病者の新時代のために 身を起せ!

月はいま西に陥ちる

さあ 盲目の病友よ おびえていてはならない

ホラ 白根山を越えて 鋼鉄の 破壊の冬がやって来たぞ!         (1958年 「栗生ヶ尾根」より)





しかし妙なもので人生半ばを過ぎると

失ったものよりは残されたものが

らいゆえのいのちのいとしさかなしさが

意外な重みで己れを日常に鎮め

ままよここ一番生きてやれと居直らせもする

だいいちらいが元手のこれも生きざま

まだあかあかと心だって焚ける

まして〈折角らいに罹った〉からには

らいの最期はきっと

わたし自身が見きわめてやると肚をきめる

だからわたしの近況について

さらに賀状にこうかき加えるのである


〈“らいの最期の光芒”を放つため力をつくしたいと存じております〉          (1980年 「年賀状を書く」より)




詩人・谺雄二 2014年5月11日没 享年82歳。合掌