2026年1月28日水曜日

ゼミ論発表会2025


 ゼミ3年生による今年度のゼミ論発表会を昨日1月27日に開催しました。

『ゼミ論文集2025』所収の論文は次の9篇です。みなさんの1年間の努力が見事に結晶しました。

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止まれない主体の病理 - 肯定性の過剰と〈立ち止まる力〉の回復

食卓へのまなざし - 食と健康をめぐる国際支援の再考

内なる他者と外なる他者 - マレー人ムスリムの事例から

切り離せないわたしたち - 永山則夫連続射殺事件から

都市を縫いなおすまなざし - ベイオール観光開発をめぐる文化編纂のポリティクス

Tadeusz Borowski 「皆さま、ガス室へどうぞ」- 被害と加害が混在する世界で

共同体を不可能にする「共同体」- ジャン=リュック・ナンシー 『無為の共同体』を読む

壁の向こうにいるあなたへ - ロヒンギャ問題から考える他者への応答可能性

あなたとわたしのいつかの自死について - シオランと他者

2026年1月23日金曜日

月刊たくさんのふしぎ 世界でくらすクルドの人たち


敬愛する友、金井真紀の最新作出現!

やはり今回もイラストにあふれる、ふつうの人びとのやさしくやわらかな顔、顔、顔。幼い読み手の眼と心に、旅の思いがきっとふかく染み渡っていくはず。

金井真紀『春をよろこぶ みんなで踊る 世界でくらすクルドの人たち』(月刊「たくさんのふしぎ」通巻492号)、福音館書店、2026年3月1日発行。

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そのうちお姉ちゃんのシェキラ(15歳)が帰ってきて、みんなでドレスの話でもりあがる。シェキラがはにかみながら言った。「ネロウズのとき、男の服を着る女の子もいるの。わたしもいつか男の格好をしてみたいな」それを受けて、イブラヒミさんが教えてくれた。「近所の村には、男だけど女のドレスを着るラハさんという人もいる。彼のインスタは人気があるよ」女は女の服を着なさい、男は男の服しかダメ、と決まっていたらきゅうくつだ。ときどきその境を飛びこえる人がいて、まわりもそれを受け止めていて、なんだかホッとする。[…]翌朝、イランを出発した。シェキラ、チロー、ヒローと「またね」のハグをしたあと、イブラヒミさんに国境まで送ってもらった。[…]わたしはリュックをかついで、歩いてイラクに入国した。国境を越えて、山道を下ること1時間半、スライマーニーヤに到着した[…]日本に住むクルド人に紹介されたおじさん[…]物知りで顔が広いジャフさんは、連日、じょうだんを連発しながら街を案内してくれた。

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「クルド人は輪になって踊るだろう? 輪は1年を表す。1年、また1年と人生は続いていくんだ」(ホセインさん)

(本書本文・さし絵より)

2026年1月7日水曜日

塩田武史 写真展

 

熊本大学構内で来月、塩田武史写真展が開催されます。会期5日目に予定されているトークイベントに、わたしもすこしだけお邪魔することになりました。作品の被写体となられたかけがえのない人びとの姿とともに、塩田武史さんの偉業を偲ぶ、たいせつな集いになるものと受けとめています。

水俣病公式確認70年を迎える本年5月1日をひかえ、作品との黙せる対話からふたたび新たな教えを学びとることができればと考えています。 

 

 視野狭窄がひどい牛島のじいちゃんは、一九四四年に熊本の郊外から茂道に住み着いた。タコ、ボラ、ナマコなどを「食いも食いよった」。

 そのじいちゃんが支援者との交流会で、「私にも喋らせてハイよ」と、こんな話をした。

 「わしはここに来とる者(もん)は全部、バカばっかりじゃと思う。わしがこう言うたからて腹(はら)かかんごつしてハイよ。なぜかならば、ほんにあん遠か所からわざわざ裁判ば見に来たり、名前も知らんで手紙もやらす。カンパばやらす。水俣ん如(ご)たっ所まで来て、手伝いはさす。これをバカち言うか利口ち言うか、考えてみればすぐわかる。ばってんな、わしはバカが好く。世の中はバカと利口がおるが、わしゃほんにバカが好く」。

(塩田武史『僕が写した愛しい水俣』岩波書店、2008年より)

2026年1月5日月曜日

70周年を経て

 

 

海外事情研究所ウェブページの改訂に伴い、しばらく前任の方の記載に留まっていた挨拶文を寄せました。微力ながら気持をあらたに、務めを続けていこうと思います。

真島一郎「所長挨拶」https://www.tufs.ac.jp/common/fs/ifa/greetings.html 

2025年12月24日水曜日

生を見つめる翻訳

 

 

日本語による翻訳150年の営みを望見する論集『生を見つめる翻訳』が、この年の瀬にいたりようやく刊行の運びとなりました。多くのみなさまのお力に支えられ、それぞれの生の深部、世界の深部が揺らめき出でるような、真に味読に値する一書が形になったのではないかと感じております。これまで編集委員のあいだでは、相当の時間をかけて企画の話しあいを重ねてまいりました。私は全体の編集作業に加え、下記3つの重要なインタビュー記録にたずさわる機会もいただきました。寄稿者のみなさまには、この場を借りまして心より御礼申しあげます。

久野量一・千葉敏之・真島一郎 編『生を見つめる翻訳-世界の深部をひらいた150年』東京外国語大学出版会、458+4頁、2025年12月23日発行。

目次:

[インタビュー] 思想にとっての翻訳
 異界の言葉を伝えるヘルメス ― 西谷修に聞く 西谷修×真島一郎、15-40頁

[Ⅰ] 世界の〈場所〉をひらく文芸翻訳
文学の根を問う
 「黒人文学」から「アフリカン・アメリカン文学」へ、そしてそれから。 荒このみ
  Man is a Cause ― パレスチナとともに生きる 岡真理
  多言語的空間、「東欧」文学と翻訳 阿部賢一

翻訳者は闘う
 人々の経験と記憶を丁寧にたどる ― チベット文学の翻訳 星泉
 プラムディヤ・アナンタ・トゥールを翻訳する 押川典昭
 全羅道方言と格闘した七年間 筒井真樹子
 『世界革命文学選』の刊行とその時代 今井昭夫

作家に生を重ねる
 自由と流通 ― アレクシエーヴィチ作品の翻訳をめぐって 沼野恭子
 J・M・クッツェー翻訳の長い旅 くぼたのぞみ
 児童文学翻訳者への道と翻訳児童文学の今 宇野和美
 クンデラ作品の翻訳 西永良成
 牛のいる壁を開く ― 岩崎力と翻訳の「呪文」 荒原邦博

[インタビュー] ラテンアメリカ文学の地熱
 濃密なる文芸空間 ― 野谷文昭に聞く  野谷文昭×久野量一

[Ⅱ] 発端の光景 ――近代化と戦争
西洋をたわめる
 中江兆民「政治的の産婆」としての『民約訳解』
  ― 最近の挑発的な研究にことよせて 大川正彦
 社会の「科学的」な解明へ?
  ― モールス口述、石川千代松筆記『動物進化論』 春名展生
 「伊曾保物語」と新村出 吉田ゆり子

翻訳の機構
 近代国家の心得 ― 畢酒林氏説、西周助訳述『万国公法』春名展生
 『異国叢書』(イエズス会日本通信と日本年報)と村上直次郎 吉田ゆり子

アナーキズムの言語
 大杉栄 ― 言語ということを一人で横断した人 橋本雄一
 平野威馬雄の訳業 野平宗弘

情況への目線
 露国・拉里阿諾布著『一島未来記』と露語科の小島泰次郎 巽由樹子
 ブハーリン、スターリン『支那革命の現段階』ほかの翻訳と蔵原惟人 倉田明子
 下位春吉、日本とイタリアのファシズムと鵺のような戦後 小田原琳
 東京外国語学校「支那語部」をめぐる翻訳事情 加藤晴子
 南米日系移民と翻訳 高木佳奈
 志水速雄訳『人間の条件』
  ― ハンナ・アーレントの翻訳をめぐる一つの事情 岩崎稔

[インタビュー] 《Nuevo Mundo》の二〇世紀
 人間の生を問う力の源泉 ― 太田昌囯に聞く 太田昌囯×久野量一×真島一郎、289-314頁

[Ⅲ] 原典との対峙、世界の精読
古典を訳し継ぐ
 河島英昭の未完の『神曲』翻訳 ― 先生とぼくをめぐって 原基晶
 枯れた風趣をそのままに ― 前嶋信次と『アラビアン・ナイト』 後藤絵美
 インド刻文学と辛島昇 太田信宏

事件としての叢書
 「大航海時代叢書」の誕生 高橋均
 「大航海時代叢書」のなかのポルトガル語文献 鈴木茂

並走する知性
 運動体としてのマルク・ブロック、人を結ぶ二宮宏之 千葉敏之
 異なる文化の仲介者
  ― レヴィ= ストロース『悲しき熱帯』と川田順造の訳業 舛方周一郎
 知的好奇心が競演するテキスト
  ― 家島彦一とイブン・バットゥータの『大旅行記』 熊倉和歌子

[インタビュー] 思想にとっての翻訳
 オートディダクトの研究手帖 ― 上村忠男に聞く  上村忠男×真島一郎、385-415頁

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