2019年4月3日水曜日

長沢栄治『近代エジプト家族の社会史』

中東地域研究の長沢栄治さんが、新たな大著を刊行されました。

長沢栄治『近代エジプト家族の社会史』
     東京大学出版会、2019年2月15日発行。

長沢さんが過去30年間にわたり発表してきた論考群からなる、家族を主題とした近現代エジプト社会史研究の集大成といえる一書。

ちょうど20年前に私も寄稿した論集『植民地経験』(人文書院)で長沢さんの描かれていた歴史の風景が、これほど広大な思考の射程を帯びたものであったことに、まず驚嘆しました。

歴史の陰翳をたたえた当時の論考「少年が見たエジプト一九一九年革命」は、本書第10章に収められています。載録にあたって章の冒頭に添えられた解説を通じ、「地域研究としての家族研究」をめぐる著者の思考においてこの論考のもつ位置づけが、今回書き下ろしの第2章「近代エジプトの家族概念をめぐる一考察」で明示されていることに、読み手は気づかされます。そして当の第2章に読みを転ずると、家族の主題が他の様々な論考のうちでさらなる展開と変奏をとげていることを、読み手は知らされる。そのようにして、おそらくは本書所収のどの論考から読み始めたとしても、長沢さんの思考の強靱な道程へと読者は自然に合流し、問題の深い所在に導かれていく構造を、この大作は秘めているように感じられました。長沢さんの家族研究における大きな里程標として、社会学者サイイド・オウェイス(1913-88)の自伝『私が背負った歴史』(1985)があったとすれば、幸運にも私は、先の論集を介してその核心部分、カイロの下町に渡る路地の光景に、早くからふれえていたことになるのでしょう。

 「[…]本書の刊行の前にオウェイス博士所縁の地を訪れようと考えた。幼少期の彼が過ごした路地(ハーラ)である。[…]二〇一八年三月、シタデル前の広場からサイイダ・アーイシャ・モスクへと続く道から、野菜売りの屋台の間を抜けてバクリー通りへと入った。自伝によれば、一九一九年革命当時に、この表通り(シャーリウ)をイギリス兵が示威行進をしたというが、自動車一台が通れるような道幅しかない。[…] 路地を後にして、オウェイス博士が通った小学校も探してみた。[…]ここでも通りがかりの教員にオウェイス博士のことを訊いてみたが知らず、またこの学校に民族主義の英雄、ムスタファー・カーメルが通ったことも知らなかった。[…]」  (本書第10章「解説」より)