2019年5月21日火曜日

友松夕香『サバンナのジェンダー』

若き人類学者、友松夕香さんが、ガーナ北部での長期のフィールド経験にもとづく大作の民族誌をこのほど発表されました。

友松夕香『サバンナのジェンダー:西アフリカ農村経済の民族誌』明石書店、2019年3月31日発行。

「[…]女性たちの苦難は、女性の周縁化、女性の従属、資源配分の男女格差、貧困の女性化など、男性との対比で概念化されてきた。開発政策の議論の場でも[…]「途上国」の「女性」は支援を受け続けるカテゴリーとしての地位をすっかり確立してきた[…とくにアフリカ各地の農村部の]女性たちは耕作技術の指導から、資金の提供、そして、プロジェクトを通じて土地の再配分を受ける対象となってきた[…]数多くの研究が表面的な事実を積み、既存の定説を繰り返し再確認しても、そこからは暮らしの「内側」の男性と女性の生計関係は見えてこない。また、実態の複雑さを強調する少なからぬ研究も、その具体的な中身を伝えることなしには、政策の議論の場に熟議を生みだしてはこなかった」

「過去一世紀、アフリカ各地の農村部をとりまく環境は大きく変化してきた。男性と女性の日々の暮らしにおける関係性も、この変化にともない大きく変容してきた。しかし、そのあり方は、開発政策の議論で想定されてきたように、近代化を通じて女性が生産者としての地位を失い、 周縁化したとして一様に結論づけることはできない。また女性たちの暮らしは決して楽ではなくても、その問題の所在は男女の権力関係に着目する視点だけで理解できるような単純なものではない。そして、今日の「国際社会」で揺るぎない価値として主張されている「ジェンダー平等」を促進するための女性への支援は、そこで想定されているような女性たちの福祉(ウェルビーイング)の向上につながるとはかぎらない」            (いずれも本書序論より)

問題の所在に長く向きあってきた表現者に特有の、注意深さと力強さを併せもつ重要な指摘を試みたのち、著者は三部構成で、ガーナ北部の農村経済の現在(いま)を細密に説き明かしていきます。第一部は、アフリカの農村部の女性を支援する前提となってきた「女性の周縁化」論を再考する目的にあてられ、つづく第二部と第三部では、土地や樹木、労働力など、農村部での日々の生活に必要な資源の配分様態と作物分配の実践の場をふまえて、資源配分における男女間の差異を女性の従属に関連づけたり、女性や世帯全体の福利の低下に結びつけてきた議論が問い直されていきます。

西アフリカ民族誌学の21世紀に、重要なモノグラフが登場しました。

2019年5月14日火曜日

太田至・曽我亨 編『遊牧の思想』

アフリカの牧畜社会をフィールドとする人類学者が、新たに重要な論集を刊行しました。

太田至・曽我亨 編『遊牧の思想-人類学がみる激動のアフリカ』昭和堂、2019年3月30日発行。

「アフリカの遊牧民に魅せられた人類学者によるアンソロジー。彼らに惹かれる最大の理由は、その「ブレない生き方」。現在をさまざまな困難に直面する私たちにとって、同じように激動の時代を生きる遊牧民の思想は、どんな意味をもつのか。読者とともに考えたい」(本書表紙裏リード文)

若手研究者と並んで寄稿した本書の主要執筆陣は、これはという圧巻の顔ぶれ。今日のアフリカに生じた激動を目の前の現実として着実に捉えようとする基本姿勢もさることながら、状況に正対する牧畜民の「ブレなさ」こそ、本書から学びうる重要な思想の核となるはずです。たとえばそれは、伊谷純一郎や本書共編者・太田さんの論考により80年代から注目されてきたベッギングの社会性が、今の私たちになおも問いつづける思想として。

「[…]牧畜民の社会の文化、価値観は、基本的に農耕民である日本人のものとは、ある意味では対極にあり、非常にわかりにくい。彼らの自己肯定的で確信に満ちた生き方の秘密はどこにあるのだろうか[…]牧畜民は目の前の相手としっかり向き合う人たちである。相手の言うことに耳を傾け、自分にできること、できないことをはっきりと告げる。もちろん、「物乞い」をもちこまれた相手が、いつも要望に応えられるわけではない。重要なことは、牧畜民が困っている相手に、しっかり向き合い、解決できるならば要望に応えようとすることだ」        (本書序章「遊牧の思想とは何か」より)

2019年5月8日水曜日

浜田明範 編『再分配のエスノグラフィ』

浜田明範さんをはじめとする俊英の文化人類学者が、このほど再分配を再考する論集を発表されました。

浜田明範 編『再分配のエスノグラフィ
       -経済・統治・社会的なもの』
         悠書館、2019年4月22日発行。 

「[…]経済人類学において長らく忘れられていた主題である再分配を再考するにあたって、私たちは、人類学で行われてきた議論を踏襲しながらも、対象としての再分配を拡張して捉えようと試みた。古典的に議論されてきたより小規模に行われている再分配的な実践だけではなく、所得再分配政策における富の再分配とその影響についても射程に収めようと考えたのである。この目的を達成するために、私たちは、まずは、「再分配とは集めて配ることである」というミニマルな定義を採用することにした[…]」

「[…]多様な現象を視野に入れながら、改めて再分配と集団の関係について人類学的に議論することは、「社会的なもの」に関する研究にも貢献することになりうる。[…]本書は再分配を人類学の主題として再生させるとともに、人類学の知見をもって「社会的なもの」についての議論に貢献することを目的としている」(いずれも浜田「序論」より)

本書のもとになった共同研究の中間成果が、2015年の日本文化人類学会研究大会で分科会発表として企画されたとき、私はコメンテーターとして声がけをいただきました。しかし、明日が分科会という日の夕刻、大阪の大会会場にいた私に伯父の訃報が届き、東京へ戻ることに。しかも、飛び乗った上りの新幹線が、地震の影響で途中停車&停電。午前1時にようやく帰宅し、だいたいこんな内容のコメントを、と考えていたメモをもとに、夜明けまでかけて会場代読用の完全稿を仕上げた思い出があります。鋭い問題意識をもつ共同研究にこのようなかたちであれ接することができたのを、本書の刊行にあたり、あらためて光栄に感じています。

2019年5月4日土曜日

世界のおすもうさん、始まる


 岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」で、「世界のおすもうさん」の連載がきのうから始まりました。著者は、音楽/相撲コラムニストで「スー女」として知られる和田静香さん(文)と、『世界はフムフムで満ちている』など「多様性をおもしろがること」をモットーとしている文筆家/イラストレーターの金井真紀さん(文・絵)です。

 おふたりが、セネガルやコートディヴォワールの相撲のことについて話がしたいと、私の研究室までわざわざ遊びに来てくださったのは、去年の秋のことでした。あのときは楽しかったあ!

 今回は、和田さんの「序文」と、第1回「白鵬杯のおすもうさんたち」の同時配信です。
パワフルでテンポ抜群でじつに温かい内容で、初回からいきなり攻めに出ています。 オススメです。

 序文 https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/1884
 第1回「白鵬杯のおすもうさんたち」https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/1899

「世界のおすもうさん」
和田靜香 文, 金井真紀 文・絵
web岩波(たねをまく)
大相撲だけが相撲じゃない。私たちの日々の暮らしの傍ら、そして世界のあちらこちらにも、土地に根ざしたさまざまな相撲があり、切磋琢磨する〈おすもうさん〉たちがいます。
この連載では、相撲をこよなく愛する和田靜香さん、金井真紀さんのコンビが、そんなおすもうさんを訪ねて日本と世界を巡ります。
土俵の向こうに人生が見えるイラスト紀行です。