2015年12月11日金曜日

ヤナマール、今年度プリンス・クラウス賞を受賞

dakaractu.com
クルギを核のひとつとするセネガルの社会運動体ヤナマールが、今年度のプリンス・クラウス賞を受賞し、12月2日、オランダ・アムステルダムで開催された授賞式にメンバーが出席しました。

http://www.dakaractu.com/Prix-Prince-Claus-Y-en-a-Marre-recompense-pour-sa-preservation-de-la-democratie-et-sa-contribution-citoyenne_a101975.html

2015年12月10日木曜日

河北新報 記事その2 (仙台ワークショップ)


クルギ来日企画の一環として先月26日に仙台で開かれたワークショップの模様が、『河北新報』紙の本日朝刊に記事として掲載されました。

2015年12月3日木曜日

翻訳論 ver. 2015 - 生の振幅をめぐる賭け


金沢21世紀美術館で開催中の企画展
『誰が世界を翻訳するのか』の
展覧会図録がこのほど刊行されました。

そこに日本語版・英語版で小文を寄稿しました。

真島一郎 「翻訳論 ver.2015 - 生の振幅をめぐる賭け」
『ザ・コンテンポラリー2 誰が世界を翻訳するのか』金沢21世紀美術館、132-135頁、2015年11月21日発行。

Majima Ichiro «On Translation, ver.2015 : A Wager on the Oscillation in Human Life», The Contemporary 2:  Who interprets the world ?. 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa, pp. 2-6, 21 November 2015.

2015年11月30日月曜日

クルギ in 辺野古&浦添 (11月29日)


沖縄タイムス 11月30日号29面
琉球新報 11月30日号 24面

2015年11月29日日曜日

喜納昌吉&クルギ 「花- すべての人の心に花を」_______________________ (WOLOF RAP VERSION)

それはあっという間の出来事でした。仙台空港から直行便で27日の午後に那覇入りした私たちは、夕食後に喜納昌吉さんのライブハウス、『チャクラ』を訪れました。金曜の晩はほとんどショーを行わないという喜納さんが、この日にかぎっていらっしゃっていて、しかも私たちが『チャクラ』に着いたのは、最終のショーが終わる直前でした。最後の曲『ハイサイおじさん』が演奏されると、キリフがいきなりステージの目の前で長い両手を挙げてガーッとダンスをはじめ、これを面白いと思った喜納さんが、私たちの企画をステージ上で紹介してくださいました。
ショーが終わったあとで歓談していたとき、「近いうちにもし一緒に仕事をする機会があれば…」と、チャットとキリフが一言いうと、「ああ、そこにスタジオあるから、すぐやれるよ。やってみるか。やってみるといいねえ」と喜納さん。それからは、喜納さん率いるチャンプルーズのみなさんが驚くほどのスピードで、日本平和学会のシンポジウムをまたいだ29日の夜明け前までに、『花-すべての心に花を』のウォロフ・ラップ・ヴァージョンの収録が完成!
チャットとキリフは、一晩徹夜でつくりあげたウォロフ語のラップの歌詞に、この国、日本の現状にたいするさまざまな想いを叩きつけました。クルギの技術担当にあたるDJゼーは、制作現場の模様を Keurgui Crew Officiel 名義で、早々とyoutubeにあげています。ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=3USI4hWDYzI

おそらく一、二ヵ月後には、完全版のビデオクリップがyoutubeに公式発表されて、世界を驚かせることになると思います。 クルギを核としたセネガルの社会運動体ヤナマールが今年度のPrince Claus Award 受賞団体になったことを、仙台の企画中にチャットからききました。
http://www.princeclausfund.org/en/news/copy-of-announcing-the-2015-prince-claus-laureates-2.html
クルギはいま日本滞在中なので、授賞式には他のメンバーが出席することでしょう。



2015年11月28日土曜日

ヤナマール、新たな非暴力のかたち (日本平和学会)

琉球大学法文学部で開催された
日本平和学会2015年度秋期研究集会のパッケージ企画として、本日
下記シンポジウムを行いました。

「ヤナマール、新たな非暴力のかたち- 西アフリカ社会運動体の訴える成長の破局、生者の主権」

報告:中山智香子(東京外大)
「グローバル経済世界の平和と市民的不服従の位置」

報告:真島一郎 (東京外大)
「西アフリカと東アジアー 映しあう破
                                              局と主権の鏡」

討論: 阿部小涼(琉球大学)、土佐弘之(神戸大学)
司会: 西谷修(立教大学)

教室には50人ほどの方々が来場し、会場は満席の状態となりました。ありがとうございました。

神足裕司 「東京外大で見たクルギはエネルギーの塊だった」

23日外語祭野外ステージでの
クルギ・ライヴパフォーマンスについて、あの神足裕司さんが
コラムを書いてくださいました。

神足裕司
「東京外大で見たセネガルのラッパー「クルギ」はエネルギーの塊だった」

『週刊女性PRIME』
2015年11月28日 16:00配信

http://www.jprime.jp/tv_net/nippon/21370

ライヴだけでなく、その後の公開シンポにもお越しいただいた
俳優の金子清文さんからも、温かい激励の連絡を頂戴しました。
神足さん、金子さん、ジェレジェフ! ニョ・ファル!

2015年11月25日水曜日

2015年11月24日火曜日

公開ワークショップ with クルギⅠ 「社会変革の作り方」______________ (11月24日 東京馬喰町)


keurgui se remobilise au Japon

ALLO DAKAR. SN

セネガルのプレス『ALLO DAKAR』 が、クルギついに来日、のニュースをいちはやく報じています。
http://allodakar.sn/2015/11/24/keurgui-se-remobilise-au-japon/
記事に掲載された写真は、外語祭野外ステージでの来日初ライヴを翌日にひかえた、ステージ音出しにむかう途中のワン・カットです。

2015年11月22日日曜日

河北新報 記事 (クルギ来日企画)

クリックで拡大






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『河北新報』紙の11月22日朝刊に、クルギ来日企画の紹介記事が掲載されました。
広報のご支援、ありがとうございます!

2015年10月17日土曜日

清水美里 『帝国日本の「開発」と植民地台湾』


台湾研究の俊英、清水美里さんが、このほど年来の仕事の成果を発表されました。

清水美里
『帝国日本の「開発」と植民地台湾
         -台湾の嘉南大圳と日月潭発電所
                         有志舎、2015.10.5

「日本の植民地における「開発」事業をめぐる議論は、
これまで二項対立的に功罪が問われ続けてきた。しかし、いずれの評価においても実証分析は果たして適切に
踏まえられてきたのだろうか。本書は、植民地台湾の
重要な開発事業であった嘉南大圳と日月潭発電所の
事例に即して「植民地的開発」とは何かを論じていく。
帝国と植民地の二項対立の中で不可視化されてきた、
台湾現地社会とそこに生きた人びとの営為を掘り起こしながら、帝国と植民地を貫く重層的な権力構造や官/民に対置され得ない台湾人・在台日本人の関係などを立体的に浮かび上がらせる。」      (本書 裏表紙リード文)


「人里離れた」感のただようAA研の私の授業に、
院生時代の清水さんがふらりと訪れたのは、2008年のことだったでしょうか。そして、厳しいだけが取り柄のような博士後期課程対象のこの授業をなぜか気に入ってくださって、その後けっきょく丸一年のおつきあいになりました。ちょっとやそっとの事では動じない柔和な笑顔で、毎週きまって何か手軽なお菓子をもってくきてくれた彼女の温かさには、研究室で真剣勝負の議論が緊迫してくるたびに、何度救われたことか分かりません。 そして一同、いつしか彼女のことを、「発電所の…」ではなく「ダムの清水さん」の愛称で呼ぶ慣わしとなりました。歴史のなかに置き去りとされたたった一つの主題をひたすら丹念に掘り下げていけば、かならず主題は、あるときから強烈な普遍性を湛えた輝きを帯びはじめることを、受講生一同も私も、「ダムの清水さん」の真摯な姿勢に直感し、畏敬の念をいだくようになっていたからです。

はたして「ダムの清水さん」は、このたび第一級の研究者として私たちの前に再来をとげました。

まったく無駄のない論の運び、個々の根拠づけに必要なことのみを坦々と書き進めていく作業からしか生じえないプロフェッショナルの凄みを、本書の行文から強く実感します。書き手の規範に流されがちな植民地と開発の問題を、余裕のある社会科学の知見で腑分けしながら、最終的には個人というより人間の問題として、関連の事実一切を思考の深みに導いていく手際は、見事というほかありません。

清水美里さん、すばらしい研究の贈り物、ありがとう。

2015年10月16日金曜日

クルギ初来日 特別企画 『非暴力の牙』 (東京・仙台・沖縄)



poster design:  ILLCOMMONZ

KEURGUI AU JAPON  !!!

西アフリカ・セネガル発、クルギ初来日を記念する特別企画 『非暴力の牙』、開催決定。 
「成長」の破局と生者の主権……国内3都市を駆けめぐるシンポジウム、ライヴ、ワークショップの数々。

11月24日企画と26日企画の予約フォームはこちら。(23日企画は、予約不要・入場無料)
https://docs.google.com/forms/d/1wsYQRtjltbRCYmyFveu77hfQi91tn8dZOAkSj6PJUoQ/viewform

鮮明なフライヤー画像ファイルは、下記URL上にあるサムネイルをクリックした後、
右上のDLアイコンをクリックすれば簡単にDLできます。
https://photos.google.com/album/AF1QipOOSyhg8e4HjloUXUEUhyt8UQpBxJS0I2WcE0gv
ツイート、FBによる情報拡散のほど、みなさまよろしくおねがいします。

【非暴力の牙・参考動画】
  クルギ 『債務上等』
https://www.youtube.com/watch?v=iiCMZOCJr10
  クルギ 『口撃』
https://www.youtube.com/watch?v=ZLrTLPrUodQ

【フライヤー 訂正事項】
11月26日(木)の仙台会場が
  「センダイコーヒー」 から 「仙台CLUB SHAFT」に変更となりました。

2015年10月7日水曜日

「いのちの壁/いのちへの通路 ふたたび翻訳を問う」

at Bissau, 2011, © I. MAJIMA  (クリックで拡大)
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先日お伝えした金沢21世紀美術館の企画展『誰が世界を翻訳するのか』の
イベントとして、次週金沢にて下記講演を予定しています。
10年前に発表した 「翻訳論」を今回あらためて読みなおしてみて、
この10年の世界(とそれに応じた自分の思考)の変貌ぶりを再認識したように感じています。

「いのちの壁/いのちへの通路 - ふたたび翻訳を問う」
日時: 10月16日(金) 18:00-20:00
場所: 金沢21美術館レクチャーホール
予約制

2015年10月2日金曜日

山口昌男 聞き手: 川村伸秀 『回想の人類学』



編集者・文筆家の川村伸秀さんが、今年初めの『エノケンと菊谷栄』につづいて、また新たに山口昌男の貴重な記録を現在に甦らせてくださいました。

山口昌男 (聞き手 川村伸秀) 『回想の人類学』 晶文社、2015.9.30。

版元を変えながら第5号まで続いた後、惜しくも休刊してしまった2000年代前半の雑誌『山口昌男山脈』連載のインタヴュー記録「回想の人類学」全5回にくわえ、今回の新著では、雑誌休刊後も川村さんが山口昌男と継続していた、たいへん貴重なインタヴュー記録が載っています。問題の1968年から70年代全体にかけての仕事を語る、山口昌男の回想。さらに、当時の私信や図版、単行本未収録のテクストなども並載されていて、山口との未知の対話の可能性が、読み手には随所に開かれているように感じられます。以前、「回想の人類学」第5回(本書第5章)を読んでいて、あのピーター・エケが、山口昌男のナイジェリア時代の教え子だったことを知り、読み手のひとりが軽い衝撃をおぼえたように。


川村さんは、前著『坪井小五郎』との関連で、湘南を記録する会の主催により先月開催された『坪井小五郎と箕作(みつくり)家の人々』展の図録も編集されています。じつに美しい図版の数々に、私はしばし魅了されました。
明治44年の時点で坪井が児童向けに執筆した絵本『ウミトヒト』のなかで、「フィジー」や「マーキサス」、「ニューギニー」「ニュージーランド」とならんで、「アンダマン」が杉浦非水の挿絵とともにカタカナ書きで紹介されていたこと………ラドクリフ=ブラウンによる長期調査のわずか3年後………

2015年9月25日金曜日

美術展 『誰が世界を翻訳するのか』

金沢21世紀美術館の企画展
『誰が世界を翻訳するのか』が、先週から始まりました。

同館チーフ・キュレーターの黒澤浩美さんから
企画展の構想についてメールでご連絡をいただいたのは、今年の始めあたりだったと思います。
10年ほど前に私が編者となって刊行した論集『だれが世界を翻訳するのか-アジア・アフリカの未来から』 (人文書院、2005年)のタイトルを、そのまま美術展のタイトルとして使わせてもらえないかというお問い合わせでした。

「だれが世界を翻訳するのか」という問いは、論集の序文で私が扱った文化人類学に固有の問題提起であるどころか、むしろアートの世界でこそ最も意義を帯び、また問いとしての輝きを増すはずだという思いをかねて抱いていたので、このときのお申し出をたいへん光栄に感じた次第です。展示の現場で、作品の表現者と鑑賞者とのあいだに緊迫した翻訳の賭けが交わされることを願っております。

開催期間は、12月13日までの約3カ月間です。
企画の趣旨や出品作家など、詳細については、
下記URLを御参照ください。
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1725

2015年9月21日月曜日

世界文学CLN 第三回研究集会


世界文学CLNの第三回研究集会が、昨日から立命館大学衣笠キャンパスで始まりました。きょうの午前中に都内で非常勤講義の予定が入っていたため、私は残念ながら、アフリカ文学をテーマとした第一セッションのみの参加でした。
at Bissau, 2011 © I. Majima

タンザニアのスワヒリ文学作家ケジラハビをめぐる、大阪大学・大学院の小野田風子さんの報告には、たいへん強い印象をもちました。小野田さんの研究には、今年のアフリカ学会研究大会でもふれる機会を得ていましたが、今回の報告内容には、聴衆のひとりとして深く考えさせられました。スワヒリ自由詩をめぐる1970年代の論争でケジラハビが担った位置づけ、そしてウジャマー政策にたいする彼の希望から失望への変容過程などとの関わりから、小説『うぬぼれ屋』の主人公カジモトの複雑な人物像に迫っていく手際の鮮やかさが、とりわけ見事であると感じました。

市之瀬敦さんのお名前は、90年代の御論考「アミルカル=カブラルとギニアビサウの言語問題」で、早くから存じあげていましたが、じっさいの御姿を目にするのは今回が初めてでした。 ポルトガル語圏アフリカを構成するアンゴラ、モザンビーク、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペ各国の文学史を、限られた時間のなかで淀みなく一気に概説されるという市之瀬さんの発表内容は、まさに圧巻というほかない。参考文献としてあげられていたPatrick Chabal (!!)他の論集とともに、市之瀬さんが『griot』誌上で過去に発表された複数の論考に、ただちに目を通さねばという思いに駆られました。
2010~12年のダカール長期滞在中に2度ほど訪れたギニアビサウ。その街や村々の光景が、パラミツの実の香りとともに、いまあらため                                               て記憶に甦ります。

2015年9月16日水曜日

Serrons-nous encore...



, parce qu'il pleut ce soir.




                           A mes semblables
                           Ichiro Majima

2015年8月26日水曜日

ドゥドゥ・ンジャイ・ローズの想い出に

avec Doudou et Maki dans un bar a Dakar (2003)

ダカール在住の師友、
中村真樹子さんから
数日前に緊急の電話連絡をいただきました。

西アフリカが生んだ
不世出のサバール奏者ドゥドゥ・ンジャイ・ローズが、この19日、突然祖先のもとに旅立たれてしまった、との悲報でした。

ドゥドゥに初めてお逢いしたのは、1990年に東京で開催された「フェスティバル・コンダロータ」の会場でのことです。サリフ・ケイタ、モリ・カンテ、ミリアム・マケバといった錚錚たる顔ぶれが集ったこの企画で、私はモリ・カンテの専属通訳のバイトをしていました。西アフリカの長期調査を終えて帰国したばかりの大学院生で、生活費を補うために引き受けた仕事でした。サバール・オーケストラのメンバーの女性たちが、ステージ衣装を楽屋で脱いで、猛烈な勢いで体の汗をごしごし拭いてできたティッシュの山を、必死に拾い集めてはゴミ箱に入れていた記憶があります。

ドゥドゥと一対一でまともにお話ができたのは、2003年のダカールでした。
先の中村さんに顔をつないでいただいて、大学の近くのバーで、爆笑をまじえながら、とても愉しい一時をすごすことができました。

何かのめぐりあわせでしょうか。それから何年も経って外務省に出向し、在ダカール日本大使館で勤務していたとき、彼を対象とした叙勲業務で、こんどは長時間にわたるインタヴューをご自宅で何度もつきあってもらう機会が得られました。前半生のさまざまなできごとや、独立前夜、および独立後のセネガルの歩みについて、じっくりとお話を伺えたことは、私の宝物となったように思っています。

1987年の初来日の時点から、ドゥドゥがコンサートの合間をぬって、国内各地の老人ホームや障碍者施設を自らの意志で訪問し、無償で慰問公演を行ってきたことは、日本ではほとんど報道されてこなかった事実です。そのさい彼は、「サバールは人間に力と勇気を与えるから」とたえず口にしていたと聞いています。

85年間の完璧な生をみごとに全うされたあなた、ドゥドゥ。東日本大震災の急報がセネガルまで届くやいなや、大使館の弔問者受け入れ態勢が整う以前に、すぐさまプライベートで私のところまで車で乗りつけ、「このたびの震災で被災され、犠牲となった日本の方々に、まずは深く、心から祈らせてほしい」と願い出てきたのもあなたでしたね。ひとりのムスリムとして、自分がただちに行うべきと判断したその祈りを終え、閑かに去っていくあなたの後ろ姿に、私は胸を衝かれるような思いがしました。あなたの小柄な、けれどもじつに偉大な背中を、私は生涯けっして忘れることはありません。

あなたが手塩にかけて育てあげたサバールの子どもたちは、きょうも世界中で活躍をつづけています。
どうかいまは、ただ安らかにお眠りください。

2015年8月6日木曜日

カサブランカふたたび

暑中お見舞い申し上げます。

昨年のカサブランカの球根から分球したもののうち、最も生命力を秘めているようにみえた一株だけが、今夏も大輪の花をつけてくれました。濃密な芳香が部屋をみたしています。

昨年のちょうどいまごろ、カサブランカの純白を
ブログに添えたとき、内心、暗然たる気持ちでいたことを想いだします。

カサブランカが開花した時点で、エボラをめぐる衝撃的な情報は、すでにかなり詳細なかたちで西アフリカから届いていました。苦しみ、思案したのち、そのことについては一切ふれまいと心に決め、花の白だけに思いを託すことにしました。

報道面では、あたかも一過性の事件であったかのように、エボラはいま、忘却されようとしています。しかしエボラは、やはりいまも、完全な終熄に到りついてなどいません。

『ジョニー・マッド・ドッグ』を、「体感型リアル・バイオレンス」などと銘打って宣伝してしまう、この東アジアの辺境にて

2015年8月2日日曜日

学部ゼミ合宿2015


7月29日より8月1日まで、3泊4日の日程で、学部3年生のゼミ合宿を
軽井沢にて実施しました。

同僚の栗田博之さんのゼミとの合同形式で、多くの学生が参加。

今年度合宿の課題図書は、 吉田匡興 他編『宗教の人類学(シリーズ来るべき人類学)』(春風社、2010年)。

若手研究者を中心としたこの論集を、各自一章担当の形式でひととおり検討し、これに教員からの解説を添えました。

栗田シェフお手製のパティスリーは、
30年前の院生時代と変わらぬ、スーパーハイレベルな絶品でした。たいへんお世話になりました。

2015年7月17日金曜日

ことばのキャンプファイア 『ジェロニモたちの偶景』

クリックで拡大
来月8月7日(金)の夕刻より、東京は馬喰町にて、
研究会でもシンポジウムでも講演でもない、フシギな集会(あやしくはありません)、「ことばのキャンプファイア」が点火します。

今福龍太さんが最近発表された一書
『ジェロニモたちの方舟 群島-世界論〈叛アメリカ〉篇』 (岩波書店、2015年)をめぐって、6人のストーリー・テラーが、揺らめく宿営地の炎に照らされながら、偶然と即興をたよりにことばを紡いでいくという集いです。

思えば、私はこの数年、ずっと火について、始原の聖火=業火について考えてきたのかもしれません。

火をけっして火以外の何かに置き換えずに語ること。

Je crois avoir volé le feu. という『幻のアフリカ』の
レリスの告白に、時をこえ、脱自のとば口で向きあうこと。

火について、2011年、ダカール。 -それが一番最近わたしが手がけた講演のタイトルでもありました。いかにも素っ気ない演題ながら、そのときもけっきょくは火について話し、火で襲い、火に襲われてみたかったのだから、我ながら何かとめどがないものを感じています。
反操行もまた、ひとつの操行であること。

2015年6月21日日曜日

『プレザンス・アフリケーヌ』研究 01




期待すべき新しい共同研究プロジェクトが発足しました。

『プレザンス・アフリケーヌ研究-新たな政治=文化学のために』

昨日開催されたその第一回研究会では、研究代表者の中村隆之さんによる、文字通り渾身の口頭発(下記タイトル)がなされました。

「詩の国民性(民族性)とは何か? 脱植民地化期のフランス語圏カリブ・アフリカ知識人における文学の問いをめぐって」

メンバーのひとりとして、自分は何の考察を進めていけばよいのか、大いに考えさせられました。
『プレザンス・アフリケーヌ』誌の運動そのものとは、かぼそい繋がりしか持たないものの、
年来の懸案であったマジェムート・ジョップの社会思想を、このさい思い切って追いかけるべきか…
ただ、これは大仕事になることが目に見えており、まずは1976年までのindexに記載された書誌を
じっくり吟味する作業が必要になるでしょう。じつに気合いが入ります。

2015年6月4日木曜日

小川了 『第一次大戦と西アフリカ』

昨年4月にこのブログでご紹介した小川先生の研究成果が、このたび商業出版物として装いも新たに刊行されました。

小川了
『第一次大戦と西アフリカ-フランスに命を捧げた黒人部隊「セネガル歩兵」』
刀水書房、2015年5月15日。

AA研版(非売品)に大幅な加筆をほどこし、新たな構成のもとに上梓された本書は、日本人研究者による仏領西アフリカ史研究書として、前例のない最高水準の文献といってよいと思います。

「フランス植民地史」の一角に易々と回収されるべきでもなく、アカデミアの「第一次大戦百周年」ブームに煽られることもなく、ただ誠実と正確さ、克明さを旨として綴られた、西アフリカ発の命と血の記憶。


2015年5月31日日曜日

日本文化人類学会 第49回研究大会

5月30日・31日に、日本文化人類学会第49回研究大会が大阪国際交流センターで開催されました。

大会初日の30日には、「国際情報発信強化」特別委員会が半年ほどの準備期間をかけて下記のテーマで企画した特別企画「ラウンドテーブル 2015」で司会役をつとめました。
「国際化/グローバル化」の波動と文化人類学
                -複数性の岐路に立って」

大会二日目には、浜田明範さん(国立民族学博物館)を代表者とする分科会
「再分配研究の再始動-行為から集団を考える」
のコメント役を仰せつかっていたのですが、
身内の訃報にふれ、初日夜に急遽会場を後にしたため、分科会席上ではコメント原稿を代読していただきました。

2015年5月25日月曜日

日本アフリカ学会 第52回学術大会

今年のアフリカ学会大会は、
犬山市で開催されました。

日本アフリカ学会第52回学術大会

2015年5月23日・24日
犬山国際観光センター

京都大学霊長類研究所・
公益財団法人日本モンキーセンター  共催

対象とする地域も時代もアプローチも異にした多彩な発表が今年も目白押しのなか、とりわけ心に残る報告にいくつか出会いました。

丸山淳子さん(津田塾大学)の発表「サンの集団間関係史と個人名の変化」は、一見、やや時代がかった社会人類学の論理展開をおもわせるタイトルながら、実際の内容はそんな予想を大きく覆す、エッジの効いたアクチュアルな問題提起-とくに1997年ボツワナの再定住政策がしずかに、しかし確実に惹起した命名法の社会的変化とその波紋-に裏打ちされた斬新なものでした。図表を用いた事実関係の積み重ねにもまったく隙のないパーフェクトな考察の運びはむしろ驚異的で、すっかり脱帽です。

澤田昌人さん(京都精華大学)の発表「ザイールからコンゴへ  国家の変化と継承」は、〈failed state〉の形容をキーワードとしながら、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の国家-社会関係をめぐる過去と現在の実像にせまる、貴重な考察提示でした。長期にわたりアフリカの一国家をひたむきに見守ってこられた澤田さんが現地報道の日付を逐一添えつつ示してくださった個々の内政トラブルは、ザイールからコンゴへの推移のなかで変化したものと変化しなかったものを、事実の重みをつうじて聴き手に突きつける力に満ちていました。キンシャサの街中の風景が、自分の見てきたアビジャンやダカールの風景と奇妙に混じりながら、犬山の会場に突然丸ごと出現したような強烈な錯覚に襲われました。

中尾世治さん(南山大学大学院)の発表「植民地行政のイスラーム認識と対策の空転-ヴィシー政権期・仏領西アフリカにおけるホテル襲撃事件をめぐって」は、歴史の闇にいちどは葬られたかにみえる1941年オート・ヴォルタ(現ブルキナファソ)の「ボボ・ジュラソ事件」の原像を、数少ない先行研究に圧倒的なアーカイヴ渉猟の成果を注入しながら、丹念に掘り起こそうとする試みでした。発表後に中尾さん御本人からいただいた連絡によれば、この事件は、その後、独立前夜に表面化した親植民地派、RDA派双方のイマーム間の角逐にも、歴史の底流として流れている由。対「イスラム系テロリスト」のロジスティックな防疫線がトラディショナル・ドナーの手で西アフリカに設定されかつ強化されつつある2010年代のジオポリティクスに照らしただけでも、重大な意味を孕んだ歴史の深奥の「ヤマ」が、気鋭の若手研究者による努力でいま掘り当てられようとしている、そのように直感しました。