2014年12月24日水曜日

谺雄二 『死ぬふりだけでやめとけや』

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今年手にとった和書のうち最高の収穫は、尊敬する編集者のT氏から秋のなかばごろに
プライべートな贈り物としていただいたこの一書です。


姜信子(編) 『死ぬふりだけでやめとけや - 谺雄二詩文集』
                                 みすず書房、381頁、2014年3月20日発行




そして やがてやって来る冬は おれたち「鬼の顔」を 汚濁の歴史の顔を 真ッ二つに断裂く
斬新な冬だ 破壊のときだ! この尾根の上の一切が たたきこわされるだろう 破り棄てられるだろう 総て古いものは崩壊するがいい 砕けろ!

盲目の病友よ きみの眼はきっと 見開かれるだろう 眼をみはって もう一度おれたちの敵を

確認するんだ きみよ怖れるな いまこそあおれたち病者の新時代のために 身を起せ!

月はいま西に陥ちる

さあ 盲目の病友よ おびえていてはならない

ホラ 白根山を越えて 鋼鉄の 破壊の冬がやって来たぞ!         (1958年 「栗生ヶ尾根」より)





しかし妙なもので人生半ばを過ぎると

失ったものよりは残されたものが

らいゆえのいのちのいとしさかなしさが

意外な重みで己れを日常に鎮め

ままよここ一番生きてやれと居直らせもする

だいいちらいが元手のこれも生きざま

まだあかあかと心だって焚ける

まして〈折角らいに罹った〉からには

らいの最期はきっと

わたし自身が見きわめてやると肚をきめる

だからわたしの近況について

さらに賀状にこうかき加えるのである


〈“らいの最期の光芒”を放つため力をつくしたいと存じております〉          (1980年 「年賀状を書く」より)




詩人・谺雄二 2014年5月11日没 享年82歳。合掌

2014年12月17日水曜日

西成彦 『バイリンガルな夢と憂鬱』



















西成彦氏の新著が刊行されました。

西成彦 『バイリンガルな夢と憂鬱』 人文書院、277頁、2014年11月30日発行。

本書は、下記の既出論考六篇をまとめた論集です。
Ⅰ バイリンガルな白昼夢
Ⅱ 植民地の多言語状況と小説の一言語使用
Ⅲ カンナニの言語政策 - 湯浅克衛の朝鮮
Ⅳ バイリンガル群像 - 中西伊之助から金石範へ
Ⅴ 在日朝鮮人作家の「母語」問題 - 李恢成を中心に
Ⅵ  「二世文学」の振幅 - 在日文学と日系文学をともに見て

西氏が記すどのテクストからも放たれる、あるときは深刻なあるときは軽やかな、けっして模倣できない孤高の詩趣とでもいうべきものに、私はこれまでどれほど影響を受けてきたことかと、あらためて思います。

『ラフカディオ・ハーンの耳』(岩波同時代ライブラリー、1998年)に収められた「ざわめく本妙寺」というテクストは、音と声の問題を考えるたびに、わたしがいまでもかならず一度は読み返さずにいられなくなる一篇です。

論集『複数の沖縄』(西成彦/原毅彦 編、人文書院、2003年)で、序文も序論もないこの一書の巻頭をいきなり飾る論攷「暴れるテラピアの筋肉に触れる」 も、目取真俊の文学世界を考えるうえで、初めて読んだときには打ちのめされるような衝撃をうけました。

そして、わたしにとり決定的だったのは、2011年に発表された、あの長期連載稿の集成『ターミナルライフ』にほかなりません。 あなたにとっての『ターミナルライフ』論を書きなさいという課題がもしどこかで与えられたとして、私はこの一書に対し、いったい何枚の原稿をついやせば自分なりに休心できるのか、途方もないような気持になります。

今回の新著のうち、まずは第一章をやや緊張しつつ一読しました(初出は2007年のテクストですが、私は未読だったので)。それは知里幸惠論、ただし、「金田一のあずかりしらない時間のなかで、アイヌ語に拠り所を見出し、夢の作業のなかでもまたアイヌ語との逢引きを頻繁にくり返していた、そんなもう一人の知里幸惠」論でした。論攷の表題として西氏が照準をあわせる「バイリンガルな白昼夢」とは、『アイヌ神謡集』の彼女というより、むしろ若すぎるその最晩年に、幸惠が東京(本郷森川町)で書きつけたノート群・日記類から立ちのぼる、「バイリンガルな胸騒ぎ」の形象であることを知りました。

それぞれの表現者をとらえたはずの苦悩のうちにも、ありえたかもしれない希望を透視する批評の想像=創造。しかも本書が照準をあわせるのは、日本/日本語の内閉的な単一化を「はざま」で食い破ろうとする、近代帝国期のバイリンガリズムの再掘作業となるにちがいありません。

2014年12月9日火曜日

卯田宗平 『鵜飼いと現代中国-人と動物、国家のエスノグラフィー』





























現代民族誌学の注目すべき研究成果がこのほど刊行されました。

卯田宗平 『鵜飼いと現代中国-人と動物、国家のエスノグラフィー』
                                東京大学出版会、367頁、2014年10月31日。

著者の卯田さんは、「なぜ、鵜飼い漁を研究しているのか」とか、「この研究にどのような意義があるのか」といった質問をこれまで周囲から投げられながらも、カワウを介した現代中国の鵜飼い漁について綿密な調査を続けてきました。

漁業は、現代社会における環境の変化に影響をうけやすい生業のひとつであるうえに、カワウという動物を漁獲手段とする鵜飼い漁は、環境変化の影響にいっそう左右される生業であるとの視点が卯田さんにはあったからです。

「鵜飼い漁ではいま以上に漁獲効率を上げようと思っても漁獲手段であるカワウを機械化するわけにはいかない。加えて、カワウは魚食性の鳥類であるがゆえに生物濃縮というかたちで水質汚染の影響を直接的に、あるいは間接的に受ける」(本書まえがきより)

カワウを機械化するわけにはいかない  -だから、鵜飼い漁における技術変化は、旧来の技術を補うかたちで現代的な技術を導入するという「技術の発展的な変化」とは異質な、技術の「展開=再編」をつうじて生業を維持してきた点を、卯田さんは論証していきます。

私がはじめて卯田さんの研究にふれたのは、昨年3月に徳島勝浦郡の月ヶ谷温泉で開催された生態人類学会第18回研究大会でのことです。並み居る若手研究者のなかでも、卯田さんの発表は群を抜いているとの感想を私はもちました。彼の発表でなにより魅了されたのは、1)生業用にドメスティケイトされた獣のうちでも、鳥類という困難な対象を主題としている点、2)鵜飼い漁という生業活動においては、カワウの野生性をけっして滅却してはならないという「家畜化と反家畜化のリバランス論」が力説されていた点、 そして、3)人間(現代中国の鵜飼い漁師)とほぼ同等の視線で、カワウそのものが「物言わぬインフォーマント」として、卯田氏のエスノグラフィーのうちに完全に書き込まれようとしていた点でした。

物言わぬインフォーマントとしての動物は、物を語る人間たちが今日到り着いてしまった社会の姿を、みえない壁の向こうがわから、まぎれもないもうひとつの命として逆照射しているのかもしれません。

東京大学ASNETの大学院リレー講義「アジアの環境研究の最前線」の講義録が、この夏に『アジアの環境研究入門』として東京大学出版会から刊行されました。卯田さんは、本講義録の編者もなさっています。これもおすすめです。


2014年12月2日火曜日

いのちの翻訳 - 社会人類学のために

昨秋、立命館大学国際言語文化研究所で企画された
公開連続講座関連の拙稿が、このほど紀要掲載されました。

「バイリンガリズムをほりさげる」という統一テーマで連続4回
開催された講座の最終回(2013年10月25日)、
「文化翻訳のバイリンガリズム-複数言語のせめぎあいから」
で、砂野幸稔氏(熊本県立大学)の講演に
口頭でコメントした内容をふまえた小文です。

真島一郎 「いのちの翻訳-社会人類学のために」
 『立命館言語文化研究』第26巻第2号、2014.11.28、pp.75-90.

コメント記録の成稿ということで、最初から活字媒体で準備したような整った形式と、口頭によるシンプルなコメントとの中間ぐらいの筆致になりました。

この数年、「いのち」の仮名言葉をタイトルの一部にしたエッセイや講演を、飽きもせずいくども試みてきましたが、おそらくそれらはみな、北条民雄の作品群に深い影響を受けてのことと自覚しています。大正生命主義の末端に自爆した生と、隔離と防疫の対象になりはてた大陸における今此処の生の連関。

2014年11月26日水曜日

映像上映会 「レバノン1949」











































AA研の同僚、黒木英充さんを代表とする科研費研究課題で、
来月11日に
上記映像上映会を開催します。

いかにもコアな企画で、映像自体が貴重なうえに、飯島みどりさんの全体解説&黒木さんの上映並行解説とは、
鑑賞者にとり贅沢なかぎりです。

黒木科研には、西アフリカ諸国のレバノン系コミュニティ担当ということで、私も一員に加わっており、脱植民地期、フランス第四共和政下の西アフリカ植民地と宗主国の関係を考えるうえでの、いわば第三の中継ポイントとして、「レバノンの1949年」はじつに重要な位置を占めています。

以下、案内文の一部を転載します(上掲ポスターも、クリックで拡大できます)。

 1949年秋、メキシコからレバノン移民の家族がレバノンに一時帰国しました。父親が持参した16ミリフィルムのカメラは、里帰りに胸弾む家族の思いと、独立後間もないレバノンの初々しい姿をとらえていました。このたび、メキシコ国立フィルムセンター(Cineteca Nacional)によるフィルム修復作業のおかげで65年前の映像が甦り、上映が可能となりました。

本会は、この貴重な映像記録(白黒/カラー 48分)を通して、独立後いまだ数年にして、活気に満ち溢れるレバノンの「原風景」とそこに生きる人々当時の大統領や首相も登場しますの表情を間近にご覧いただき、レバノンとレバノン移民の過去と現在に思いを馳せる機会です。ふるってご参加ください。

日時:  20141211日(木)19:00-20:40 (開場18:30
会場:  千代田区立日比谷図書文化館 4階 スタジオプラス(小ホール)
        千代田区日比谷公園14号(旧・都立日比谷図書館)
          東京メトロ丸の内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関駅」、都営三田線「内幸町駅」より
徒歩3   http://hibiyal.jp/hibiya/access.html

 プログラム: 
19:00-19:05 開会の辞 黒木英充 (東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
19:05-19:25 フィルムが甦るまで 飯島みどり (立教大学)
19:25-20:15 映像(サイレント、48分)上映と並行解説 黒木英充
20:15-20:35 質疑・懇談
20:35-20:40 閉会の辞 石垣泰司 (日本レバノン友好協会会長)
    
参加費: 無料
事前申し込み: 不要

アーイダ・フーリー氏:
フィルムの所有者は、メキシコシティ在住の画家でレバノン移民2世のアーイダ・フーリー(Aida Jury)さんです。
この貴重なフィルムのデジタルコピーを提供くださり、上映も許可してくださいました。
この場をお借りして厚く御礼申し上げます。  (了)

2014年11月14日金曜日

北川勝彦・高橋基樹 編 『現代アフリカ経済論』


アフリカ経済の動向を正面から見据える
最新の本格的論集が刊行されました。

北川勝彦・高橋基樹 編 『現代アフリカ経済論』
  ミネルヴァ書房、2014年10月15日発行。


「ほんの10年前まで、アフリカ経済を見るまなざしは、
この大陸の停滞と周縁化に向けられていた。

しかし近年アフリカの全域で成長率の向上が見られ、
アフリカ経済の変容や豊かな将来性に関心が集まりつつある。

他方で、未だに世界で最も深刻な貧困が残存し、
格差が広がっている。

その意味で、アフリカの姿はこれまでより複雑に
なっているといえるだろう。

そのことを踏まえて、われわれは新しくアフリカ経済を論じるための書物を編むことにした」
                                             (本書冒頭部分より)

アフリカ経済のゆくえを指し示すことばとして、
「成長」と「格差」が、そのつど目まぐるしく交替するかのように併走し、
日本の読書界にもそれぞれの立場からアフリカ入門書が出版されるなか、
アフリカの政治経済研究で第一線の研究者が寄稿した

本書のもつ意味は、きわめて重要に思われます。

狭義の「経済学」に論点を囲い込むことなく、
歴史・経済・社会の多角的な視点をふまえてアフリカ「経済」の動態を解剖するという
本書の方向性も、21世紀のオイコス再考をくわだてる読み手に広く開かれているように感じます。

2014年11月2日日曜日

叢書セミオトポス9 『着ること/脱ぐことの記号論』

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新曜社の渦岡謙一氏から
先日、下記の書物を御贈りいただきました。

日本記号学会 編
『叢書セミオトポス9 着ること/脱ぐことの記号論』
新曜社、2014年10月10日発行。


目次をひらくと、同書の第四部に、元学会長としての
山口昌男先生の想い出を語りあう日本記号学会の方々の座談会記録が掲載されており、今回この本を贈ってくださったことの意味が判りました。

第四部 日本記号学会と山口昌男
「山口昌男先生を偲んで」
吉岡洋・室井尚・立花義遼・岡本慶一 (敬称略)
pp. 157-187

さっそく拝読すると、日本記号学会の発足時における
山口昌男とパース研究者の位置づけや、『記号学研究』創刊号掲載の山口「源氏物語論」とバタイユ「ジル・ド・レ論」との関わりなど、冒頭から興味深い話が続きます。
私にとっての圧巻は、座談会出席者の方々が「大政奉還」と形容する学会長就任以後に、山口先生が次々と仕掛けられた研究大会テーマの概要でした。なかでも、『暴力と戦争』をテーマとした2002年大会で示唆されたという「刑余者」の問題系には、徒党論との関連で、考えさせられるところあり。
同書第三部に掲載されている木下誠さんのドゥボール論も味読。充実の一冊です。

2014年10月20日月曜日

日本人類学会大会 進化人類学分科会シンポジウム

              



浜松で開催される
第68回日本人類学会大会
進化人類学分科会シンポジウムで
発言させていただくことになりました。

AA研の共同研究成果物として、
人類社会の進化という視点から、これまで

『集団』(京都大学学術出版会、2009年)や

『制度』(京都大学学術出版会、2013年)といった

重要な論集の刊行を主導されてきた
畏るべき同僚、河合香吏さんからお招きを受けました。

シンポジウムの概要は以下の通りです。
必死で勉強してきます!


● 進化人類学分科会シンポジウム
「人類の社会性とその進化-共在様態の構造と非構造」

2014年11月3日(月・祝) 10時10分~12時10分

於 アクトシティ浜松・コングレスセンター

司会・趣旨説明 河合香吏(東京外国語大学AA研)

報告 足立薫(京都産業大学)
      「『接続』の方法-霊長類社会学における非構造」

    曽我亨(弘前大学)
      「人類学的視点から考える新たな他者像」

    内堀基光(放送大学)
      「人類小集団の生成と崩壊」

コメント 坪川桂子(京都大学)
      真島一郎(東京外国語大学AA研)
      諏訪元(東京大学)

討論

2014年10月11日土曜日

『山口昌男 人類学的思考の沃野』

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AA研にかつて在籍されていた山口昌男先生の追悼論集が
このほどようやく刊行の運びとなりました。
お力添えをいただいたみなさまに
この場をかりて心からの感謝を申しあげます。

真島一郎・川村伸秀 編
  『山口昌男 人類学的思考の沃野』 東京外国語大学出版会、507頁、2014年10月20日刊。


内容紹介
学び知ることの愉楽と自由をこよなく愛し、野生の思考と詩学を旺盛に探究しつづけた“知の巨人"
山口昌男の人と思想を豊かに読み解く追悼論集。
追悼シンポジウムの記録、書き下ろしの山口論、山口による単行本未収録論考のほか、
詳細な研究記録、年譜・著作目録、貴重なスケッチ・写真を多数収載。



本書収録の発言・寄稿者 (掲載順・敬称略)
青木保、渡辺公三、真島一郞、落合一泰、栗本英世、船曳建夫、今福龍太、山口ふさ子
ウィリアム・O・ビーマン、ファビオ・ランベッリ、中沢新一、橋本裕之、前田耕作、東ゆみこ
宇波彰、柴田佳子、宮崎恒二、峰岸真琴、青木恵理子、本田洋、佐久間寛、川村伸秀

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2014年10月10日金曜日

AA研創立50周年記念講演シンポジウム




AA研創立50周年記念講演・シンポジウム開催のご案内】

東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)は、
本年、創立50周年の節目の年を迎えました。
創立50周年記念事業の一環として、下記の通り1024日(金)に
公開の講演・シンポジウムを開催いたします。
これまでの半世紀の研究活動を振り返るとともに、
これからの半世紀に向けて研究の方向を展望します。
みなさまのご参加を心よりお待ち申しあげております。

講演・シンポジウムには、どなたも無料でご参加いただけます。
参加を希望される方は、
事前にお名前(必須)、お名前のフリガナ(必須)、メールアドレス(必須)、
ご職業、勤務先/学校名を明記したメールを、
下記アドレスまでお送りください。
メールのタイトルには、「AA50周年講演・シンポ参加申込」とご入力ください。
anniv50entry[at]aa-ken.jp (送信する際は、[at]@に変更してください。)
・申し込みは11回とし、複数の申し込みは無効とします。
・申し込みは先着順となります。100名の定員となり次第、締め切りとなります。
・取得した個人情報は、当記念講演・シンポジウム以外の目的で使用することはありません。
・申し込み後、営業日(平日)3日以内に返信メールをお送りします。
返信メールが届かない場合は、申し込みができていない可能性がございますので、
お問い合わせください。

講演・シンポジウムを含むAA研創立50周年記念事業につきまして、
下記サイトもご覧いただければさいわいです。

******************
アジア・アフリカ言語文化研究所創立50周年記念講演・シンポジウム

【日時】2014(平成26)年1024日(金) 13001630
【場所】一橋講堂
【プログラム】
13:0013:10 開会挨拶 三尾裕子 アジア・アフリカ言語文化研究所長
13:1013:50 記念講演 「アジア・アフリカ研究におけるAA研-回顧と展望」 
           石井溥 AA研元所長
13:5014:00 休憩・準備
14:0016:30 シンポジウム
14:0014:20 シンポジウム趣旨説明  太田信宏(AA研准教授)
14:2014:50 中山俊秀(AA研教授)
 「文法とコミュニケーションの怪しい体系性―ありのままの言語研究の挑戦」
14:5015:20 深澤秀夫(AA研教授)
 「マダガスカルの村で〈世界〉をおちこちに読む―人が集まって暮らす景観が語るもの」
15:2015:30 休憩
15:3016:00 黒木英充(AA研教授)
 「シリア内戦の奈落の底から―重層的現実に対する地域研究の挑戦」
16:0016:30 床呂郁哉(AA研准教授)
 「グローバル/ローカルを超えて―東南アジアの海域世界から見た新しい世界のかたち」
16:3016:35 閉会の挨拶 太田信宏(AA研准教授)
※司会 太田信宏(AA研准教授)

シンポジウム趣旨
 アジア・アフリカ言語文化研究所は、アジア・アフリカ地域を対象とした言語学、人類学、歴史学の研究を推進するために1964年に創立されました。研究所には、広大なアジア・アフリカ地域がもつ多様性・多元性を、言語、文化、歴史の側面から解き明かすとともに、それらの学問領域――言語学、人類学、歴史学――の発展にもアジア・アフリカの事例研究を通じて貢献することが期待されていました。1960年代のアジア・アフリカでは植民地支配からの解放が進みましたが、当時は諸地域の個性・多様性を探求することが、普遍性を掲げる諸学問の発展に直結すると信じられた時代でした。
 しかし、50年という時の流れとともに、諸学問の領域においても、アジア・アフリカの現場においても、状況は大きく変わりつつあります。学問の領域では以前より、欧米の「近代」が生み出した価値や知識の体系を「普遍」的なものであるとして、それらに基づいて世界を分別し、秩序付ける一元的な世界認識が批判されるようになっています。また、アジア・アフリカの国々の経済力と政治力が増大するとともに、地域の「固有な」文化や価値観が見直され、それらを主張し擁護する声も高まりつつあります。諸学問の「普遍性」それ自体が揺るがされ、問い直されているとも言えるでしょう。
 その一方で、グローバル化が進展する現在、世界が標準化し均質化し、これまでに人類が世界各地域で育んできた文化的な多様性・多元性が失われつつあるのではないか、という危機感を抱く人々も少なくありません。アジア・アフリカ諸地域の「発展」と一面では結びついたグローバル化が、文化的多様性・多元性の危機とその主張の双方を同時代に生み出しつつあることは皮肉なことです。このような現実をふまえるならば、グローバル化の進展が、世界各地の固有性や多元性を押し潰しているとの認識は、当の固有性や多元性の現実を軽んじていると言えるでしょう。グローバル化を巧みに利用し、したたかに独自の存在として自己を主張している地域や文化も多々存在します。
 現在、均質化・一元化された世界と対置される多元的世界を探求することが求められています。しかしそれは、現実にはない理想を現実化する営為というよりも、既にそこにある現実をいかに認識するのかという問題なのかもしれません。しかし、均質化の現象と一元的論理を疑うことが、多様で多元的で雑然とした「現実」を網羅することで終わってしまうとしたら、それはグローバル化に対抗するどのような構成力をももちえないでしょう。そこを終着点ではなく出発点として、雑多な諸要素の無秩序とも見える集まり、無関係とも見える並存の内に全体性を把握すること―これこそが、均質化された、あるいは一元的な世界に対置されうる多元的世界を探求することの意義ではないでしょうか。多様性と多元性にみちた現実のある意味での渾沌性を確認し、そこから多様性と多元性を内包する全体性をいかに構想してゆくのかに、多元的世界の認識/実現はかかっていると言えるでしょう。
 このシンポジウムでは、現在のAA研の共同研究の中軸を成す四つの基幹研究から選出されたAA研所員が登壇します。それぞれが研究対象とする渾沌とした現場の姿を紹介しながら、全体のあり方を見通す知と認識の可能性を、みなさんと共に考えたいと思います。

【お問い合わせ先】東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1
電話番号:042-330-5600


2014年10月6日月曜日

2014年度 文化/社会人類学研究セミナー


AA研人類学系スタッフを中心とした
今年度の「文化/社会人類学研究セミナー」が
おととい10月4日、予定どおり開催されました。

今回のプログラムは下記のものでした。

日時: 2014年10月4日(土) 13時より18時40分
場所: AA研304室 (マルチメディア会議室)

1.13:00-14:30
光成歩 (宗教情報リサーチセンター)
「二元法制社会の形成: 脱植民地期シンガポールの
 イスラム法制」

司会: 河合香吏
コメント: 栗原浩英・床呂郁哉

2.14:40-16:10
モリカイネイ (立命館大学大学院)
「華人キリスト者のネットワーク: 「短期宣教」を
中心とするトランスナショナルな宗教実践について」
司会: 山内由理子
コメント: 西井凉子・真島一郎

3.16:20-17:50
吉本裕子 (横浜市立大学大学院)
「緩やかな協同: アイヌ展示を行う地域博物館と地域コミュニティの関係に着目して」
司会: 佐久間寛
コメント: 栗田博之・深澤秀夫

18:00-18:40  全体討議

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対象地域に固有の研究枠組をこえて、文字どおり
人類への省察=人類学として、さまざまな点を新鮮に学ばせていただきました。

AA研では、毎年ほぼおなじ時期にこの企画を実施しています。
ご関心のある方は、添付の画像をクリック拡大して、次年度ぜひ応募してください。
お待ちしております。
 

2014年10月2日木曜日

西谷修 『アフター・フクシマ・クロニクル』/『破局のプリズム』





































西谷修さんの、対をなす思考の書二冊が、このほど完結しました。

『アフター・フクシマ・クロニクル』 ぷねうま舎、2014年6月20日。
『破局のプリズム - 再生のヴィジョンのために』 ぷねうま舎、2014年9月25日。

両書の関係について、『破局のプリズム』冒頭につぎのような記述があります。

先にまとめた本では、「3・11」という日付で示され、文明史的には福島第一原発事故に
集約されるこのカタストロフィそのものにかかわる考察、言い換えれば破断面の露呈を
前にしての考察をまとめたが、本書にはそれによって破られ、かつ回帰して、破砕片や
粉塵や汚泥を呑み込みながら軋みを立てて噛み砕き表層を均してゆく、持続の諸相に
かかわる考察をまとめた。(同書12ページ)

持続にかかわる日本の内外のこうしたコンテクストを掘り下げるうえで、
西谷さんは、具体的に三つの指標をあげていますが、きわめて重要なそれら指標の
内実と意味については、本書に直接あたってみてください。

「3・11」とその前後に広がる「日本の内外のコンテクスト」 の重要局面が
押し寄せてきたこの時間を、私はずっとセネガルの首都ダカールで生きていました。
 ちょうど20年以上前に、コートディヴォワール西部国境の村でずっと
生きていたあいだに、世界ではベルリンの壁が崩れてソ連邦が消滅し、
日本では「昭和」と「バブル」が終わっていたように。

今回の『破局のプリズム』刊行により、
 私がダカールで暮らしていた二年という時間のほぼ全体について、
西谷さんがその間に感じ、省察されてきた過程を
パラレルに追体験できることになったわけです。

あの日の前後に、世界のべつの場所からおなじ場所を想うことが
どのような意味をもっていたのか。
各人の思考の前途にとり甚だ重要な意味をもつことは分かっていても、
「自分なりの答えを出すには、まだ相当な時間がかかるだろう」と、
これまである意味で「放心状態」を続けてきた課題に、
もはや力ずくでも近づいていかねばならない時が来たように感じています。


西谷さん、中山智香子さん、土佐弘之さんと数年前から分有してきた持続を、
今後も共同研究として続行する覚悟だけは少なくともしておかねばと…。
ひりつくように熱い討議の場など、そう滅多に遭遇できるものではないのだから。

2014年9月9日火曜日

ジョルジュ・ソレル『プロレタリアートの理論のために』

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ソレルの新訳が新たに刊行されました。

ジョルジュ・ソレル『プロレタリアートの理論のために- マルクス主義批判論集』
                   [上村忠男・竹下和亮・金山準 訳]未來社、2014年8月15日


本書所収の訳稿三篇は、下記の通りです。

「労働組合の社会主義的将来」(1898年)
「マルクス主義の分解」(1908年)
「『プロレタリアートの理論のための素材』へのまえがき」(1919年)

『暴力論』をまたぐ年代幅で厳選された三つのテクストは、
訳者の上村氏が本書巻末に付した解説文「ソレルとマルクス主義」とともに、
通俗的なソレル否定論に再考をうながすはずの内容で、きわめて貴重です。

訳者のひとりである金山準氏は、今年に入ってからでも
岩波講座『政治哲学4 国家と社会』に、政治主体の変容という主題のもとで、
力強いソレル論を発表されている気鋭の研究者です。

1895年の『社会の未来devenir social』 誌創刊号にソレルが寄せたデュルケム批判の一文が、
私には20世紀転換期の「社会」学と「社会」主義を連絡させる基幹テクストのひとつと
思えているだけに、今回の訳業をたいへんありがたい贈り物と感じています。

おすすめです。

2014年8月5日火曜日

暑中お見舞い


暑中お見舞い申しあげます。


昨秋に球根を植えておいたカサブランカが、

きのうの早朝、

涼しげな純白の大輪をつけてくれました。

かぐわしい花の香が

幽かに部屋をただよっています。





山口昌男追悼論集の今秋刊行にむけ、

目下、最終作業に追われる毎日です。

2014年7月27日日曜日

公開合評会 桑田学 『経済的思考の転回』


次週月曜8月4日、
公開合評会に参加します。

対象書は、若き思想家・桑田学さんの
の単著です。

桑田学 
『経済的思考の転回-世紀転換期の
          科学と政治をめぐる知の系譜』
                   以文社、2014年


  
クリックで画像拡大
さっそく読みはじめているのですが、
書の冒頭から私は、いささかの興奮を禁じえませんでした。

古典力学から熱力学への視点の移行が、
社会エネルギー論をつうじて、同時代の経済的統治に
およぼしてきた影響の再考という、
みごとなまでにアクチュアルな桑田さんの理論的着眼に、
自分が昨年、短い文章にまとめた
セネガルのエネルギー問題のことも想起しました。

「ニュートン力学が世界を一元化するために捨象した摩擦や
空気抵抗、熱伝導や物質の混合というエネルギーと物質の
拡散・散逸が物理的自然の原理であることが改めて認められた[…]こうした自然界に対する科学的認識の変容によって、
自然における生命の位置が新たに問い直されるとともに、
経済社会もまた、自然界の不可逆的な変化から自立的に
運動する「永久機関 perpetual motion」、すなわち商品の生産と
消費の無限反復的な連鎖(閉鎖系)と見做すことが不可能となっていった[…]」 (同書18ページ)

「もともと熱の生む動力の原理的限界の問題をめぐってカルノーによって着手された熱力学の研究は、
クラウジウスによるエントロピー論の形成で一応の完成を見た。それは「可逆過程は現実の自然界にただのひとつも存在していない」という事実を突きつけるものであり、クラウジウスはそこに資本主義的な工業化の拡張の
本質的な制約があると指摘した」  (同書25ページ)

上の記述は、古典力学から熱力学への転回を、限界革命前後の経済学と照らしあわせる作業が試みられている本書の出だしにすぎません。
デュルケムの『社会分業論』を特異なかたちで継承したイギリス社会人類学の成立が、
経済学の限界革命と多少とも繋がれていた史的経緯を想うにつけ、
人類学的思考における「力」とは何であったのかをめぐる、私的な妄想は広がるばかりです。

合評会は公開です。ご関心のある方は、当日どうぞ御来場ください。

2014年7月15日火曜日

世界民族百科事典


文化人類学関連で、
新しい事典が刊行されました。

国立民族学博物館 編
『世界民族百科事典』丸善出版、2014年。

約800ページからなる本事典には、
刻々と変貌をとげていく
人類学的思考のアクチュアリティが
明確に反映されているように思います。


私は「表象と政治」の項目を担当しました。
(400字詰 約6枚相当)

目次構成など、詳細については
下記URLをご覧ください。
 

http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/sekaiminzoku_hyakka/index.html

2014年7月11日金曜日

粟飯原文子さんの仕事 - 『崩れゆく絆』/『褐色の世界史』




20世紀アフリカ文学不朽の傑作、
チヌア・アチェベの『崩れゆく絆』の新訳(光文社古典新訳文庫)を昨年発表された
粟飯原文子(あいはら・あやこ)さんに、先週、思いがけない場所で初めてお逢いしました。

早川書房の『黒人文学全集』を片っ端から読みあさっていた世代にはおなじみの
古川博巳氏による日本語初訳(門土社)からじつに36年ぶりの快挙であるばかりか、
訳注もふくめ、細心の配慮とともに粟飯原さんが達成された訳業です。

原書がおびる文学的想像力の誠実な伝達と、訳書の読み手にむけて添えねばならない訳注との
バランスは、アフリカ文学の日本語翻訳者がなかば宿命的に対峙せざるをえない困難のひとつです。
その困難をこえたときに、おそらく読み手は、過去のアフリカの姿とともに、
「今ここ」の物語を受けとることになるはずです。すくなくともそうであってほしいと私は願っています。
『崩れゆく絆』にひそむ「今ここ」の問題とは、だとすればなにか。ぜひご一読ください。

粟飯原さんが同じく昨年発表されたもうひとつの訳書は、
ヴィジャイ・プラシャド著 『褐色の世界史-第三世界とはなにか』(水声社)です。
第三世界の問題を再考するうえで、
依然として「ふたつのナショナリズム」のような
規範の境界線にたよって物事を説明しなければならない方法に、
私はかねて限界を感じてきました。
つねに二価的たらざるをえないその不安定さのなかでこそ、
社会的なものの「力」を文字どおり「力強く」考えていかねばならないとも
感じてきました。おそらくこうした問題意識にとって、
『褐色の世界史』が大きな支えになるような予感を抱いています。
粟飯原さんから贈っていただいたばかりのこの一書、
まずは私自身が精読しなくてはなりません。

2014年7月6日日曜日

東アジア人類学研究会


「東アジア人類学研究会」とは、
この地域をフィールドとする
新進気鋭の人類学者たちが
数年前から精力的に運営してきた組織です。

その栄えある第一回研究大会に
今週末、コメンテータとして参加させていただきます。

アフリカをフィールドとする日本の民族誌家には、
「いのちの翻訳」における第三の引照点として
つねに東アジアが埋め込まれていることを、
ちょうど私は、一文にまとめたばかりです。

きのうまで思いもよらなかった新たな知の横断が
生まれる瞬間を、いまから楽しみにしています。

この機会を提供してくださった
藤野陽平さんへの感謝をこめて




2014年6月29日日曜日

公開シンポジウム 「〈情動〉と〈社会的なもの〉の交叉をめぐる人類学的研究」




7月5日(土)に、
AA研を会場として
公開シンポジウムの開催を予定しています。
詳細は下記のとおりです。

私はおそらく、先月別の大学に
寄稿したばかりの紀要論文の延長線上で、
少々お話をすることになると思います。
ご関心のある方は、
どうぞご来場・ご参加ください。

公開シンポジウム
「〈情動 sense, emotion and affect〉と
 〈社会的なもの the social 〉の交叉を
 めぐる人類学的研究」

日時: 2014年7月5日(土) 14:00-19:00
場所: AA研マルチメディアセミナー室(306室)
概要:
   趣旨説明          西井凉子(AA研)
  1 アート・宗教・生成    岡崎彰(一橋大)
  2 身体・エロス        田中雅一(京大)
                                       3 非人間-モノ・技術  床呂郁哉(AA研)
                                      4  場所性―移動と空間  内藤直樹(徳島大)
                                     5  災害・政治・生      真島⼀郎(AA研)
                                     コメント              田崎英明(立教大)
                                                     高木光太郎(青学大)

2014年6月26日木曜日

J・M・クッツェー 『サマータイム、青年時代、少年時代』


たいへんな訳書がこのほど刊行されました。
クッツェーの自伝的三部作を、くぼたのぞみ氏が、優に600ページを超す渾身の訳業で
日本の読書界に一挙、送り届けてくださいました。

J・M・クッツェー 『サマータイム、青年時代、少年時代-辺境からの三つの〈自伝〉』
                          くぼたのぞみ 訳、インスクリプト、2014年6月24日発行。


たしか昨年の秋ごろのことだったと思います。

日本語訳(ハヤカワ文庫)で以前一読したときには、
あまりピンとこなかったクッツェーの『恥辱』にたいする読みが、

西成彦氏の『ターミナルライフ-終末期の風景』(作品社、2011年)に収められた
クッツェー論にふれて一変しました。

これは私にとり、ひとつの事件でした。
死をめぐる文学的想像力が光をあててきた主題群の周囲を、この数年の私は
まさに人類学徒の端くれとして彷徨ってきたともいえるからです。
個体形成論にしても、沖縄反復帰思想にしても……

そしていま、この訳書をつうじて、20世紀南アフリカに生をうけたクッツェーの
いのちそのものに近づく課題と僥倖があたえられました。

死は、そして死と繋がれた生もまた、かつて書き継がれてきたようなスタイルの伝記で
償われてはならず、自伝/反自伝の書き振りをその周囲で見守る生との隣接関係を
つうじてしか生自体として表出しないのではないかという問いが、
個体形成論の軸線のひとつでした。

 本書はきのう、郵送にて御恵存いただいたばかりですが、
 カバー写真の風景に読み手のひとりとして身を投じていくためにも、
 さっそく精読したいと考えています。

 おすすめです。

2014年6月25日水曜日

人はみなフィールドワーカーである


AA研(アジア・アフリカ言語文化研究所)が、
今年で創立50周年を迎えました。

その記念事業の一環として
本日刊行されたこの論集は、
歴史学・言語学・人類学を専攻する現役所員
17人が、「自らの生と重ねあわせ」ながら
自分にとってのフィールドをわかりやすく
説き明かした、フィールドワーク入門書です。
構成は下記のとおりです。

ふるって御愛読のほどを!



西井凉子 編
『人はみなフィールドワーカーである
 -人文学のフィールドワークのすすめ』
 
第1部 フィールドに入る
「私はこうしてフィールドワーカーになった」   西井凉子
「負ける体験としてのフィールドワーク」     中山俊秀
フィールドの風〈1〉「物語を追いかける旅」   星泉
「偶然を飼いならす」                錦田愛子
フィールドの風〈2〉「いのちのフィールドワーク」 真島一郎
「関係を調べることの迷宮」            深澤秀夫


第2部 フィールドワークを支えるもの
「旅するフィールドワーク」             床呂郁哉
フィールドの風〈3〉「偽バナナの誘惑」      石川博樹
「文字からことばへ」                町田和彦
フィールドの風〈4〉 「天女の末裔から聞いた物語に頼って文法を書く」

                             塩原朝子
「ウシを数えてひとを知る」             河合香吏

 
第3部 過去をフィールドワークする
「ペルシア語文書の世界」             近藤信彰
フィールドの風〈5〉「丁稚奉公の勧め」     クリスチャン・ダニエルス
「セネガルにおけるアラビア語資料調査」    苅谷康太
「死言語のフィールドワーク」           荒川慎太郎
フィールドの風〈6〉 「インドで多様な歴史認識に触れる」

                            太田信宏
「「体験」の語りを伝えていくこと」         三尾裕子




2014年6月6日金曜日

『初期社會主義研究』第25号

5年前に会員の端くれとなって以来、
毎号ひそかに愛読してきた
初期社会主義研究会の機関誌
『初期社會主義』最新第25号が発行されました。

グローバリズムと初期社会主義の特集号で、

後藤彰信氏の巻頭論文
「日本アナーキズムにおけるインターナショナリズム」
をはじめ、「そうだったのか!」と読み手に思わせる力作が満載です。

なかでも、数年前に兆民と秋水の翻訳を
フランス読書界に相次いで紹介した
Christine Lévy 氏による仏語論文
"Sakai Toshihiko :  de l'utopie familiale à la guerre des sexes"には、ひとりの読み手として、アレントの
労働概念との連関等、深く考えさせられました。

偶発的な事情から
未発表のまま眠っている拙稿
「力の翻訳-人類学と日本初期社会主義」も
いずれどこかに発表できればと考えています。
ただし、大幅に加筆しなければ…






2014年5月26日月曜日

落合雄彦 編『アフリカ・ドラッグ考』


アフリカ地域研究の最前線を疾走する
落合雄彦さんが、 また新たな論集を刊行されました。

『アフリカ・ドラッグ考
     - 交錯する生産・取引・乱用・文化・統制』
                  (晃洋書房、2014年)

とかくジャーナリスティックで興味本位となりがちな
深刻な主題を、現場の実証でとことんまで詰めていく
各論執筆者の調査内容が、貴重です。

スティーヴン・エリスの概論訳稿もさることながら、
とりわけドラッグの史的背景や流通経路について
具体の記述を積み重ねた、

 佐藤千鶴子氏の南ア各論、

 石田慎一郎氏のケニア各論には、

現場で事実に寄り添うことの凄みに圧倒されました。
おすすめです。

2014年5月12日月曜日

世界文学・語圏横断ネットワーク(CLN)


あらたな研究ネットワークが誕生しようとしています。

「世界文学・語圏横断ネットワーク」
略して、世界文学CLN。


……たとえばアフリカ文学を論じようというときに
語圏の壁は想像以上に大きく、同じく語圏を越えて
「カリブ地域を含む中南米文学」を包括的に論じる
ような学会組織はいまなお存在しない。
こうした現状を打開すべく、本ネットワークは、
ポストコロニアルな状況を視野に入れつつ、
この地球上で産み出される文学作品を、
その言語が何であるかを問わず、
「世界文学」の一部として論じられる枠組みを
構想するものである。         (趣旨文より)






 昨日東京にて開かれたこのネットワークの第一回発起人会議席上で、
澤田直氏(立教大学)から、さっそくスリリングな論集を一部いただきました。

澤田直 編 『移動者の眼が露出させる光景-越境文学論』、弘学社、2014年3月31日

2014年4月29日火曜日

ドキュメンタリー映画『SAYAMA』











2013キネマ旬報文化映画第三位受賞作

金聖雄監督
 『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』


「この映画には、「愛すべき人」がいる。「魅力的な人」がいる。それがいいんです。」 (周防正行)

調布市西部公民館で先月開かれた成人学級
「教育フォーラム のどらか」に出席された方から、
いただいたチラシです。