2022年1月29日土曜日

卒論発表会2021

 
















 

 

 

 

 

 

ゼミ4年生による「卒論発表会2021」が、昨日開催されました。今年度はじつに下記21篇の労作が出そろいました。きわめて多彩な思考と感性の持ち主たちが、それぞれ自分に納得のいくレベルを目指して、最後までひたむきに努力を重ねてくれました。卒業生のひとりひとりに、心からの感謝と敬意を。

「嘉手納基地への眼差し-「復帰」を挟んだ比嘉康雄の映体-」

「平野啓一郎の「私」を巡る思考-「本当の自分/ウソの自分」から分人主義へ-」

「シリアを越えて踊る-あるバレエダンサーの異邦-」

「インドにおける日本式ものづくり学校の分析」

「歴史を逆撫でするイメージ-ディディ=ユベルマンによるファロッキ論-」

「労働とその対価-インドにおける家事労働者の現状とその権利保護をめぐって」

「社会的関係と健康-心理的安定が健康に与える影響-」

「地の利を活かした発展-東京都北区における土地利用史の事例から-」

「泣きつづける舞踊-ギリヤーク尼ヶ崎の生をめぐって-」

「カタリナの声-社会的な死をめぐる責任の所在」

「『LINES 線の文化史』の省察-デザイン制作の視点から-」

「近づくほど、遠ざかる、そして創造される「オリジナル」-フィリピンの山岳民族を舞踊化する過程で-」

「日本の近代化と民衆の生-ムラと思想の変容-」

「A New Segregation by Paradoxical Camps-Gated Communities as “Spaces of Exception” in Post-Apartheid Johannesburg-」

「ブラジルにおける「ホトトギス」系の移民俳句史概論」

「知る欲望がもたらす偏見-自己了解の可能性に向けて-」

「1938年イタリア人種法と解雇措置-「穏やかさ」の再検討」

「《貴婦人と一角獣》がはらむ両義性-中世ヨーロッパ聖俗の混在を想起する」

「命から逃げるな-命のアウトソーシングが加速する医療現場から見えてくるもの-」

「「ウサギ狩り」のその先に-ハイデガーの退屈論が呼び覚ます消費社会の空虚」

「死が私たちを分かつ、その場所から-『無為の共同体』精読」

2022年1月27日木曜日

ゼミ論発表会2021

 
















 

 

 

 

 

 ゼミ3年生による一年間の研究の総まとめ「ゼミ論発表会2021」が、昨日開催されました。今年度は、以下10篇の力作が生まれました。「自分は今、世界のどこに立っているのか」を根源的な問いとして共有しながらも、「ばらばらでひとつ」から生まれる個性豊かなチームワークが、今年もディスカッション1年分の積み重ねを経て、みごとに実を結びました。ゼミのみなさん、おつかれさま。そしてありがとう。

「隔離と再帰するアイデンティティ-ザンビア・ハンセン病回復者の生を通じて」

「マルクスの物質代謝論-素材的世界と経済形態規定の軋轢」

「ハラルの輪郭 -ハラル認証から浮かび上がるイスラム性」

「「スローライフ」は順番待ち-前橋市のスーパーシティ構想にみるスローの居所」

「法は日本を変えられるか-刑法の性犯罪規定改正と社会のジェンダー観」

「テジャの光彩と国権の権威-スカルノ演説「歴史の原動力となれ」を読む」

「「弱さ」の再解釈-藤原辰史「分解の哲学」に基づいて」

「どこにもいない被害者/どこにでもいる加害者-家庭内暴力における当事者性の欠如を再考する」

「メルッチの「新しい社会運動」論-動員と排除」

「外国人入居差別の実態と当事者の情動-インターネットから読み取る」

2022年1月1日土曜日

パンデミックサイト最終公演「鬼ノ夜祭」

新年のカウントダウンを、現代アートの公演参加で行いました。
 
■2021年12月31日(火)
街に除夜の鐘が鳴り響く大晦日の晩、パンデミックシアターで、パンデミックサイト最終公演・夜の部「鬼ノ夜祭」を開催しました。現代美術家の山川冬樹が、谺雄二の詩文「鬼の顔」「鬼の祭り」の二篇を、鬼気迫る渾身のパフォーマンスでリーディングしました。パンデミックシアターに設置された「隔離テント」のなかから小田マサノリが「森の精霊」に扮した真島一郎にむけて最後の演出を行いました。会場いっぱいにインスタレーションされた蔦の葉は「蔦のからまる廃墟に死神たちは寄りつかない」という民間信仰にもとづいた舞台演出です。(『パンデミックサイト ブログ』より)

(03m50s 前後から「森の精霊」登場)