2016年10月9日日曜日

高頭組のシゴト、続々刊行!
























  高頭組(タカトーグミ)というのは、わたしが勝手にそう呼んでいるひとびとの「通称」で、ことし3月に高頭麻子さんが日本女子大で企画・開催したシンポジウムをきっかけに結成(?)されたグループです(くわしくは本ブログ2月24日付記事を参照)。

  初めてお会いしたのにたちまち互いが意気投合、というじつに直線的な軌跡をえがいた事前打合(組結成日)の晩の記憶は、わたしのなかでいまだに鮮烈です (右下写真、左より温又柔さん、大辻都さん、高頭麻子さん、真島、沼野恭子さん @高頭研究室)。

  そんな高頭組の方々が、秋の声をきいたとたん、次々とお仕事の成果を発表しはじめました。

  Ⅰ. なによりまず、「永遠の不良少女」高頭さんは、1997年の『めす豚ものがたり』、2013年の文学論『警察調書』につづいて、おなじダリュセックを著者とする小説『待つ女』の日本語訳を出されました。

マリー・ダリュセック  『待つ女』(高頭麻子 訳)藤原書店、2016年10月10日発行。

  「虚飾と欲望の都ハリウッドで出会い、恋に落ちた黒人俳優と白人女優。男は、植民地時代のアフリカを描くコンラッド『闇の奥』を、自らの監督で映画化するという野望を抱き、現地ロケへと旅立つ。男を追ってカメルーンに向かった女の切ない恋のゆくえは……?」 (裏表紙リード文より)

  高頭さんからはドラフト段階から本書の訳文を読ませてもらっていたのですが、読んでいてドキドキする場面が多かったのを憶えています。なにしろ原題からして、Il faut beaucoup aimer les hommes ですし。

  Ⅱ. 沼野恭子さんは、現代ロシアの作家スタロビネツのデビュー作を共同翻訳として発表されました。

アンナ・スタロビネツ  『むずかしい年ごろ』(沼野恭子・北川和美 訳)河出書房新社、2016年9月30日発行。

  ただ、淡い青と赤からなる表紙の色調を一瞬ステキと思ったのもつかのま、その青と赤のなかに描かれた形相が暗示するように、この書がホラー作品集であり、そもそもスタロビネツがそのジャンルでの鬼才として名高い事実を今更ながらに知ったとたん、戦慄がはしりました。恥ずかしながら、ホラーに属する文章や映像に、わたしは怖くて近づけないからです(買っても読めなかった経験も何度かあり)。沼野さんの「訳者あとがき」は一読しましたが、「背筋が凍りつくような恐ろしい内容」として紹介されている表題作はまず無理として(一人称複数で表象されはじめる憑依…ハードル高すぎ…)、「どれも薄ら寒い恐怖」を抱かせる作品群のなかで、わたしのような者でも比較的耐えやすい所収作品をこんど直接教えていただこうと思っているしだいです。

 「もうだめだ。いっしょに絶望しましょう。- 藤野可織
                        こわい。こわい。僕が「蟻」におかされる」  (本書帯より)

  Ⅲ. 作家の温又柔さんは、デビュー作「好去好来歌」と表題作をおさめた『来福の家』の新装版を届けてくれました。

温又柔 『来福の家』白水社(白水 ブックス)、 2016年9月30日発行。

  感性の触手をそのつど確認しながらなるべくスローに精読しようと思い、そうした読み方を意識的に採るのが相当久しぶりで気を張っていたからなのか、「好去好来歌」の冒頭わずか数ページをすぎた辺りから、 もう胸が締めつけられそうになってしまいました。「来福の家」もすべて味読したあとで、やはり「好去好来歌」へとたちもどり、その世界に惹きつけられていくのは、読み手にたいして終始張りつめた、ときに冷徹でさえある緊迫した物語の道行きが自分の好みに近かったからでしょうか。そして緊迫は、温又柔の読者が事によれば最初からそのように要請されがちな、言語をめぐる葛藤それ自体からのみ生じているようには思えません。いまの自分には、まず年齢的にいささか縁遠いものとなった、密室での、あるいは「福州家庭菜」の店内での通い合いの緊張感が、この作品から存分に伝わってきた(呼び覚まされた)ことだけは、ひとりの読み手として確言できると思います。「来福の家」のリミちゃんが、エミちゃんはナニジンなのか訊かれたときに、「わかんない」と答えたように、言語と人間の分類は、その種の緊迫をひきおこす遠因にこそなれ、緊迫の本質にはなりえないと言いかえてもいいと思います。
  言語という/から生ずる事態の重苦しさを避けがたく想像しながら、かつ言語を本質としない生の緊迫ぶりを跳躍さながらに/官能の塊ごと想像すること。

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「お祖父ちゃんがくれたのよ」
手の中の象牙の判子をさすりながら、低い声で縁珠は繰り返した。
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台湾を捨てて、中国を選んだ総理大臣と同じ苗字が記載されているパスポートを、見せてもらおう。縁珠は思った。

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 - 好きになった人と、遠くに行こうとするねえ……
 木陰のような家のなかに、曾祖母の奏でる土地の言葉がやわらかく沁みわたった。

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